2/20/2024

2024/2月の散歩(鹿沼)

2024/2/20
鹿沼市で行われている「おひな様めぐり」を散策
まちの駅で情報とマップを入手

おひな様を展示しているのは、ほとんどが商店だが、火曜定休のお店が多く、空振りが続く
鹿沼市石橋町の真言宗智山派 医王山 阿弥陀院 薬王寺は、亀山天皇の御代の弘長年間(1261~1262)の創建
徳川家康公1周忌の後の元和3年(1617)、家康公の神柩は久能山から日光山へ改葬のため、19日間をかけて大移動をしたが、薬王寺には、改葬道中の止宿で最も長日にわたる4日間滞在し、盛大な法要がとり行われたことが伝わっている
「邪気が入ってはいけない」と寺の周囲を竹の塀で覆い、霊の安置場所を結界で守り、昼夜法要が営まれたとみられている
家康公の久能山から日光までの道程を記した「東照宮渡御の記」が、現存しているという
寛文3年(1663)回禄之災にかかり、堂宇尽く烏有に帰し、その後再建された
本尊は伝教大師作の薬師瑠璃光如来で、霊験あらたかな御本尊として33年に1度開扉される
招福鹿沼七福神を祀るお堂

おひな様めぐりの方は、お茶屋さんの娘3人に揃えられた、立派なおひな様に出会う
鹿沼の三名園「掬翠園(きくすいえん)」の紅梅が見事に咲いていた

掬翠園の中では、手作りひな人形のグループの作品が展示されていた

干支の辰をイメージした作品
こちらは去年の兎

ユニークな辰たち


ふくべ(夕顔の実)の中のお人形






結構ふらふら歩いたものだ

快適な家を目指して(その2-5)エアコンメンテ

2024/2/20
設置から7年を経て、実家から移設したエアコンの配管保護テープが、紫外線でボロボロになった
2010年に導入したエアコン配管は、ダクトを通したので気にならないが、保護テープをはがした状態
雨漏り侵入を防ぐため、テープは下から巻くのが基本だそうだ
見てくれだけなので、これで良し


2/18/2024

2024/2月の散歩(下神主)

2024/2/18
明治地区の近隣散策で、下神主(しもこうぬし)へ
オオイヌノフグリがきれいです
水環境神主公園で休憩
スイートピーの温室

参加賞として、ミニトマトとスイートピーをいただく

早速玄関に飾られたスイートピー

2/17/2024

2024/2月の散歩(芳賀、市貝)

2024/2/17
RADIOBERRY主催「いちごとトマト真っ赤なフェスティバル in 道の駅はが」で、棚橋麻衣を見に行く
11時から先着200名様への無料配布は、11時に到着したのでは遅かった
昼食は「担々麺専門 はつみ」
野菜たっぷり坦々麺(上)は、新鮮野菜をたっぷり取り入れ、少しとろみのある体にやさしく辛くないスープ
担々つけ麵(下)は、麵も多くカツオ出汁の効いたタレも素晴らしい
上三川の「桃畑Shinka」には上品さがあるが、「はつみ」は直球勝負で、どちらも好い
下高根沢の「かしの森公園」の一角に、梅林があるというのでのぞいてみたが、一分咲きの手前


それではと、市貝町市塙の「観音山梅の里」へ向かう
先に村上城跡の麓に建つ真言宗 大慈山 寿命院 永徳寺の十一面千手観音にご挨拶
弘仁六年(815)徳一上人の開山という永徳寺
開山年より古くなってしまうことは置いておき、行基菩薩(668-749)の作と伝わる秘仏の千手観音立像は、2010年に1948年以来62年ぶりに御開帳されたそうで、次は60年後というからお会いすることはかなわなそう
ところがこの観音堂を覗くと、千手観音立像が見える
これを御前立(おまえだち)といい、秘仏の御本尊の前にもう一尊別に安置し、参拝に訪れる人々が礼拝する仏像のことをいうそうだ
御前立でも鎌倉時代の作と考えられ、2つの千手観音立像はともに、県指定の有形文化財(彫刻)となっている
御城(みじょう)または市塙(いちはな)城跡
築城は益子城主益子勝直(かつなお)が、「貞治3年(1364)から一花輪に住み、市塙八館(いちはなはったて)といわれる8つの館を持ち」、その中心を担った城だといわれている
本丸と思われる頂にある、金刀比羅(ことひら)神社・白山(はくさん)神社
祭神は大物主命と白山比咩命だが、詳細は不明
城跡は太い竹やぶに覆われていた
続いて、真岡鐡道市塙駅向かい側の、山根城跡
山根城は、堀切3本を隔てた東側の芦原城と、一城別郭形式の城跡のようだ
もとは芦原城しかなかったところに、物見の用に山根城を築いたものではないかと考えられている
市塙八館(御城、文谷城、村上城、山根城・芦原城、市花輪館、石下城、多田羅城、赤埴城)でも、二つでひとつに数えられている
茂木市の千本城の支城のひとつとして築城されたようだが、那須一族の内紛により、烏山方の那須資晴(すけはる)により、千本城もろとも落城となったようだ
山根城跡は、記念樹の森として公園になっており、本丸には見晴台が作られ、確かに物見の用にはもってこいだ
記念樹の森駐車場前は、市塙駅
六角形の駅舎には、近隣の「武者絵の里 大畑」にちなみ、鍾馗(しょうき)の絵と、
加藤清正が描かれている
市塙駅から南へ100mほどにある、日枝(ひえ)神社・熊野神社

正面が日枝神社、右に並ぶのが熊野神社
永久年間(1113~18)結谷に創建され、久寿2年(1155)現在地に勧請
安永8年(1779)現本殿完成
御祭神は大山咋命、配神は大物主命
栃木名木百選の杉は、推定樹齢300年、樹高35mで町指定天然記念物

屋根までは見えないが、一間社流れ造りの日枝神社本殿

宝永7年(1710)に神輿が完成し、神輿渡御・八朔(はっさく)祭と称して二夜三日祭典を行ってきたが、現在では二日間となったようだ
長暦2年(1038)紀貫之五代目の子孫、市花十郎直正が館の守護神として古宿の地に祭ったのが始めと伝えられ、宝永4年(1707)と享和元年(1801)に社殿再建、明治30年(1897)に現在地に遷座
一間社入母屋造りの熊野神社本殿

境内社の淡島神社と、
市塙神社

市貝小学校の南西に市塙八館のひとつ、市花輪館跡がある
前出の熊野神社を創建した、市花十郎直正の居館であったと思われるが、遺構はほとんど無くなってしまったようだ