ラベル Ski の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Ski の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

1/02/2008

吹雪と停電 Mt. Shasta

2008/1/02 (Wed)

カリフォルニア全土に低気圧が襲来した。
北CAの、Mt. Shasta周辺は、低気圧のもたらす冬の嵐が直撃した。
ベイエリアでも風雨が激しく、我が家でも街路樹の枝が折れたり、車にかけてあったカバーが吹き飛んだりしていた。
おりしも今年最初のVacationを取り、家族でスキーに出かけていた。
しかも場所は Mt. Shasta、ベイエリアからは約6時間のドライブ。
到着した日は天気も良く、Raddingという北CAの町からMt. Shastaの遠景が見てとれた。

目指すはMt. Shastaの南のMcCloud市にあるB&B

2025年現在では、廃業してしまったようだ
たった3泊の旅行で、3年ぶりのスキーは中2日しかとっていない日程でしたが、ばっちり冬将軍の直撃をくらいました。
今回の宿はB&B (ベッドと朝食付き民宿)だが、主人が大の鉄道ファンで、敷地内に車掌車がデン。



たまたま南カリフォルニアから泊まりに来ていた、彼らの孫ケネディー(3歳)が、お茶目で可愛い

 子供相手に、コレクションの説明をするご主人





夕食が付かないから、村に1件だけのレストランへ行き、アメリカ人が持ち帰りをする量の食事を5人で全てたいらげ、お店のウエイトレスにGood Customersと言われる。

2008/1/03 (Thu)

スキー初日から吹雪で、AWDの車にもチェーンを巻いてスキー場へ。
ほんの数時間のスキーを終えると、車はごらんの状態。
さらに子供たちが未経験のナイタースキーの予定が、悪天候で今日はキャンセル。
ナイター付きのリフト券2日分なのに。
ストームの到来は散々ニュースで流れており、誰もが心の準備はしていた。
とはいえスキー2日目の朝に突然停電となるところまでは、想定範囲外だった。
村全部が停電。
B&Bでは、朝食の準備中にオーブンも電気コンロも暖房機器も使えなくなった。
薪によるストーブが唯一の調理器具および暖房器具と化す。

ホストの努力で、何とか暖かなスクランブルエッグとソーセージとコーヒーをいただく。
ところでこの嵐で、スキー場はオープンしているだろうか、電話で確認。
テープの音声曰く、スキー場も停電、つまりリフトも動かない!

昨日スキーをレンタルしたり、リフトチケットを購入の際、スキー場が閉鎖の場合の払い戻しの確認をしておいてよかった。
それにしてもレンタルの返却や返金を受けるため、スキー場まで行かねばならない。
スキー場はMt. Shastaという名の町と、B&BのあるMcCloudという村の中間から4マイルほど山を登ったところにあり、McCloudとスキー場の間に、家は1件もない。
スキー場へたどり着くのも大変だろうが、行ったとしても誰もいないのでは?という疑問がモンモン。

Mt. Shasta町とMcCloudをむすぶ89号線は、村のボランチィアによる除雪車が頻繁に走り道路を確保しているが、除雪車の通った5分後はまったくの雪道
24時間の積雪が39”ほとんど1mだったそうな。
さて89号線からスキー場へ曲がると、そこに1台のトラック。
スキー場には人っ子一人いないという。
Mt. Shasta町にあるスキー場のオフィースを聞き出し、そこへレンタルを返却することにする。

無事レンタルを返却し返金の依頼を済ませ町をうろつくが、どこも嵐が来るぞと店を開けていない。昼飯だけ済ませてB&Bへ戻る(また山越え)が、まだ電気がない。
他にすることもなく、カードゲームで遊ぶ。
ホスト夫婦は、急な停電で自分たちの夕食や、明日の朝食の心配をしている。
ランタンも少ないので、町まで買い物に行くという。
他に泊り客はなく、うちの5人でカードしながら留守番。

夕方になりふと気づくと、雪は止み風もない。
電気のない宿にもう1泊しても仕方ないのでは?明日は今より雪が少ない保証もない?
ということで、ホストのいないB&Bから夜逃げのように抜け出して、突然の帰路に着く。
突然の思いつきで留守番中に帰ることを手紙で詫び、留守電を残し再び雪道へ。

無事にI-5にたどり着き、路面に雪はなく、時折の強い雨と風にあおられながらも峠を越えてRaddingへたどり着き、夕食。
途中B&Bに何度か電話して、ようやく連絡が付き、無礼を詫びる。いろいろ気を使っていてくれただけにまことに申し訳ないが、事情はわかってくれた。
今回のドライブで、往きに長男が1.5時間、帰りに長女が夜道を2時間運転してくれた。
もちろん雪も雨もない、まっすぐなI-5を。
そろそろ楽しなくっちゃね。

12/26/2004

Ski in Reno

2004/12/26 (Sun)
10時半出発。12時半、DublinのFuddrucker'sに行き、おいしいハンバーガーを食べる。
5時、Truckee到着。宏人と研人のスキーセットをレンタルする。研人のは子供用、宏人のは大人用。身長差が10cm以上になってこの差となったのか?スキーレンタルもリフト券も研人のみ子供料金。それも今年限りと思われ、ますますスキーもおちおち行けなくなる。
7時、Reno到着、すぐにチェックイン。今回のホテルはGolden Phoenix。ラスベガスと同じカジノで成り立っているこの町は極端にホテル代が安い。1泊1部屋37ドル(4名まで)とは驚異的な値段だ。
私達は2部屋予約したが、同階ではあるものの続き部屋ではなかった。まあ子供も充分に大きくなっているし問題ない。2クウィーンベッドの部屋を子供3人、1キングベッドの部屋に旦那と私が泊まる事にした。


ホテル内をぷらぷら散歩。1階2階はカジノのスロットマシーンの音が鳴り響き、何となく煙たく、ぴかぴかのマシーンが私達を落ち着きのない状態にさせる。
外に出ればきらびやかなネオンが一面に目に入る。
どこもかしこもきらきらちかちかしているので、どのホテルもめだたない。逆に渋ーい荘厳なホテルがあったら、惹きつけると思うんだけど。
すぐ隣のホテル(Circus Circus)で食事と思ったが、どこもすごい人で簡単に入れそうもない。
一番すいているピザやさんで夕食。
待っている間、宏人と研人・私はゲームをしに地下へ。カジノは18歳以下はスロットマシーンでさえもできないが、このホテルの下には夜店まがいのゲームコーナーやサーカスのショーを無料で見せるところがあるので、子供達も参加できる。しかし、この人込みは耐えられない。
ピザやではドリンク(大)を頼んだのに(中)のカップだったよう。素朴にウエイターに「このカップはLargeですか?」と聞いたら、「恐れ入ります。間違えています。」と、ご丁寧にドリンク(大)を3つ追加して持って来てくれた。テーブルに並ぶソーダの数、中3、大3。そしてでっかいピザだけ。いかにもアメリカンで情けない。
就寝前に大人部屋で”Taboo”のゲームをする。私も英語の単語とはいえ面白みが増して来た。
明日はどこに滑りに行こうか。ホテルがここまで混んでいるのだから、スキー場も然りだろう。

2004/12/27 (Mon)
早起きしてHotelのドーナッツを買い込み、スキー場への車中で朝食。
今日はNorthStarスキー場を選ぶ。 ここは日本の苗場のようなリゾート。麓の街作りがそう思わせるのか。 それだけに混み方も一番と思われ、3日間のスキー予定のどこに割り振るべきか悩んだ末の選択だ。
苗場だけあってリフト代も高い。大人$64x2、Youth $54x2、子供$24x1、合計$260! 正面のゴンドラでとりあえず山に登り、その上にバラエティーゆたかな斜面が広がっている。 先ず一番手前の初級者コースを滑り足慣らしをして、さあどんどん滑りましょう。高いお金を払っているのだから。 と思うまもなく、3本滑ると早くも休憩。
時間は11時半、混まないうちに昼食だ。 ところがこの時間でも空いてる席を探すのは一苦労。せっかく場所を確保したのだからと、旦那はブーツを脱ぎ、持参のサンダル履きとなる。おいおい、元は取れるのかい。
食事を終え滑りたそうな子供達を、勝手に滑ってこいと送り出し、私と旦那はもう一息。 そろそろ子供たちが上ってくる頃かと、重い腰を上げ、さあもう一滑り。 その後結局私は5本、旦那と子供は7本、子供達は昼食後の1本分を足して、充分満足な初日でした。
HotelのRestaurantは混みすぎているので、Renoの街の普通のダイナー(デニーズのようなもの)で夕食を済ませる。
ラジオで小耳にはさんだのか、子供達がどこかで地震があったらしいと言う。マグニチュード8とか言っている。 食堂の外においてある新聞の販売機から見える1面に、TUNAMIの大きな文字。 なんだか、これから大変なことになりそうな、いやな予感をさせる事故だ。
2004/12/28 (Tue)
昨日より若干遅いスタート。Reno市内ドーナツやさんで朝食を済ませ、Mt.Roseを目指す。どうやら今日から荒れ模様になりそう。
Mt.Roseの山は猛吹雪。こんなんでリフトは動くの?といった感じの暗ーい駐車場。この分ではたとえ今は動いていても遅かれ早かれストップしてしまうだろう。目標をDiamond Peakに変更する。
Diamond Peakはリフト6本の小さいスキー場。もう何回か来た事があるがコンパクトながら楽しめるスキー場だ。
長いチケット販売の列の末尾に付き待つ事40分。レンタルスキーにはさらに長い列ができている。
クリスマス前後のスキーはあまり来た事がなかったが、アメリカと言えどもどこも混んでいるし(が、日本の比ではない。待つのは一番下のリフト乗り場だけ)、料金もホリデー特別料金になっていて割引がほとんどない。あんまりこの時期得策ではないなと感じた。
滑り出してしまうと皆ご機嫌。
それにしても子供達の上達には目を見張るばかり。昨日に続きブラックダイヤモンドだろうがアイスバーンだろうがお構えなしに滑り降りる。
特に宏人はバーンによって全く滑り方が変わることがない。
一番慎重派の研人は一つ一つのターンに研究を重ねる。
旦那は以前のように皆を指導する事もなく、気持ちよさそうにお上手に滑る。
一番きついのは私。技術的にも厳しいのに加え、少しは良くなったものの12月中旬からの寝違え(?)で首が回らず、ボーダーのザーッという音が恐くてたまらない。今日も一人多めの休憩をとる。
3時過ぎ山頂で全員休憩。雪は激しく降っている。それでもリフトは動いていて、このスキー場でよかったねと話していたら停電。Reno全域にわたる停電だったよう。リフトも停止。蓄電による運転を再開したが、リフトに宙ぶらりんの状態の人々の運搬だけにとどまる。あと、1時間で回復の見込みは薄い。
5人揃って下山。エクスパートのみの表示のバーンを迷わず降りる。エクスパートというほどでもなく、適度な斜度のバーンは広く長い。その上に積もる新雪は私達を酔わせる。さらにこのバーンは私達5人の貸切。こんなに条件の揃った滑りはできるものではない。
一日中雪だったとは言え、大満足のスキーで今日を終える。
夕食は再び隣のホテルまで行く。シーフード中心の和洋中バッフェ。
研人の食欲が戻ってこない。咳もひどくなってきている様子。Delsymを飲ませているがあまり効いているとは思えない。
 Circus Circusで馬レース(ボールを転がして入ると馬が動く。10~15人で競う)をする。このゲームは素朴で面白い。宏人が1位をゲット。景品の犬のぬいぐるみを手に入れた。Teddyは今頃どうしているだろう。ぬいぐるみの犬に話しかける。

2004/12/29 (Wed)
再びホテル内のドーナッツを買って朝食。これで3日連続ドーナツの朝ご飯。
今日は滑りに行くべきか?予報は雪。昨日からの雪がまだしんしんと降り続く。山あいは荒れ模様では。消極的な私に反して絵里や宏人は行くのは当然とばかり。研人の咳は良くなっていないが、本人も行くつもり。
1960年のオリンピックの開催地にもなったSquaw Valley。40もリフトがあるので、天候に恵まれればたっぷり楽しめるスキー場だ。すでに何回か来たこともあり、旦那の素晴らしい判断で西側のマイナーな駐車場を利用する。待ち時間なしでチケット購入<大人(絵里も!)59ドル、13~15歳29ドル、12歳以下の子供5ドル>。スムーズに山頂に向かう。
雪はどんどん降り続く。立ち入り禁止の箇所もそこここに見られる。快適な場所も求めてリフトを乗り継ぐ。私はただ皆の後をついて行くだけ。そして降りたったのがとんでもない場所。新雪ぼこぼこ危険な地帯。後から聞いたらエクスパートオンリーの表示は確かにあったそう!もー、少しは私の事も考えろ!
すっかり疲れて例によって早めの昼食。 研人の調子は悪くなっている。混んできたカフェテリアで席を譲りながら、元気いっぱいの絵里と宏人を先に滑りに行かせる。
2分後、悪天候のスキーで心配になったのか、急いで旦那が追いかけるが見失う。ほとんど病人となっている研人にはひたすら水分を与え、皆の帰りを待つ。
旦那が帰ってきたが、絵里と宏人は見つからない。ゴーグルがくもってほとんど前が見えないという旦那に私のゴーグルを貸して「滑りたい」と言い出した研人と旦那はまた探しに行く。
絵里と宏人が帰ってきた。頼みの携帯電話もバッテリー不足、繋がりも悪く連絡が取れない。 もう3時になる。私も少しは滑らないとリフト代がもったいない。絵里にリフト下で待っていてもらって宏人と二人滑りに行く。
長い1本(アメリカのゲレンデの1本は日本のスキー場の軽く3本以上ある)を大急ぎで滑り降りると、絵里が旦那と研人といる。調子の悪い研人を気遣ってゴンドラで上まで行ったそうで会えなかったよう。5人で再び上に上がり、「もう1本同じのをやろう。」と旦那が言ったら「疲れていて滑れない。もう1回ここに来るなら待っている。」と研人。だいぶ体がきつい様子だ。
4人また大急ぎで滑り降りる。研人と合流。そういえば、Hevenlyに行った時は、研人は吐きながら滑っていたっけ。その後ろから私はその吐しゃ物に雪をかぶせ隠しまわっていたのを思い出す。汚い話でごめんなさい。だけど、そこに転ぶ人がいたらごめんなさいと、思いながら滑っていたのを思い出した。
とりあえず、事故もなく無事スキーを脱ぎ、ほっとした。
まだまだ降る雪。Truckeeでレンタルスキーを返し、ホテルに向かう。しかし大雪の為すでに事故が発生。とろとろ運転で簡単にはRenoに帰り着くことができない。その間、研人は後ろのシートに横になりダウン。
ホテルに戻り、研人の熱を計る。39度弱の発熱。咳も止らなくなってきている。気管支炎が疑われる。抗生剤は持っていない。解熱剤のMortrinを飲ませ寝かす。彼の夕飯はエネルギードリンクだけになってしまう。
絵里のお勧め(私抜きの家族4人で2月に行った)のシーフードレストランで夕食。
確かにおいしい。シーバスがあんなにまろやかな味をしているとは知らなかった。

キヤノンの斉藤さん一家と挨拶。
この時期うちを含め4家族がRenoに来ている。
9時45分からのマジックショーを見る。いかにも怪しげな舞台・照明・人々。私としてはせっかくRenoに来たのだから多少高くても素敵なショーを見たかったが、何の計画も予約もしていない状態でそうやすやすといい物が見られるはずもない。
マジックは設備からの想像通り・・・見世物小屋的なマジックだった。いいショーだったら研人がいない事に残念さが増したような気がして、この程度で良かったとヘンな納得をして部屋に戻る。次回Renoに泊まる時はショーのチェックも忘れずに。
ホテルの部屋から見えるしんしんと降る雪。 研人の状態を考えると少しでも早く家に帰りたい。Teddyはどうしている事やら。。。
2004/12/30 (Thu)
朝起きてホテルの窓からまだまだ降り続く雪を見る。辺りはすっかり雪化粧。
TVの週間天気予報では、向こう1週間大雪、一層強まる傾向との事。もう一泊する案は、これで消滅。
研人はまだ熱がある(39度弱)。ホテルのレストランにバッフェスタイルの朝食を食べにいく。バッフェの持ち帰りはできないとの事だったが、「病人に運ぶんです。」と無理にドギーバック(お持ち帰り用発砲スチロール)をもらう。 「マネージャーに見つからないように隠して持って帰ってください!」との指示でこそこそとスプーンまで失礼して持ち帰る。研人はフルーツと少しのお芋を食べる事ができた。作戦成功。
チェックアウトカウンターで、道路状況をチェック。通行止めだったI-80が一時的に開通した模様。
研人を医者に診せ抗生剤をもらうべきか?はたまた大急ぎで帰路につくべきか迷う。
研人は少しでも早く家に帰りたいと言うので、ホテル近くの病院には寄らずに出発することに決めた。
Hotelでの情報で、4輪駆動車でも何でもチェーン着用必須(mandatory)とのことだったので、T&Cにしてから今まで5シーズン持っていなかったチェーンを買うため、Renoをドライブ。こういうことは早くに行動しないと、売り切れる事が予想される。
チェーンを買った店で、ネバダの道路情報Tel No.を聞き、早速電話すると、I-80は完全封鎖ではなく、 Trackee先の峠で複数の事故車の処理の為の、一時的な通行止めと言っている。今からCAに向かううちに開くかも知れないとの判断で、Trackeeに向けて雪降るRenoを後にする。
街をぬける辺りからみるみる雪の量が増し、のろのろの渋滞が始まった。
ネバダ最後のガススタンドから、一般車はチェーン無しには動けない状態になり、その先でチェーン規制。係りの人が一台ずつ、チェーンを巻いているか、または4WDかを確認してその先に進める。
チェーンを巻くアルバイトは儲かるのでは、と話していたが、すでに事業として存在していた。金額はこちらの予想、一台$10に対し、実勢価格は取り付け$20、取り外し$10でした。
その後は割と快適に、大雪の80号を西へ西へと向かう。
途中、主に対向車線の車が、あらぬ方向を向いて中央分離帯や路肩に突っ込んでいる。
「何でああなるの?」などと、人を馬鹿にするものではない。くだりではエンジンブレーキのため低速ギアに落とすのが常識だが、この車エンジンブレーキの利きが今ひとつなので、時に私は1速まで落としている。
1速とは言ってもオートマなので、通常2速までしか入らず、速度が充分落ちた時初めて1速に入る。これもオートマの常識。いつものように2速を使う目的で1速に落として坂を下っていると、あらぬところで急に1速に入る。これは急ブレーキを踏んだも同然!車はコントロールを失いハンドルに解さず車線を外れて路肩に突っ込む。
幸い除雪していない30cmほどの路肩の粉雪と1mほどの山肌の吹き溜まりがブレーキとなり、車のコントロールを取り戻し、何事もなかったかのように車線に戻る事ができた。
スピンしなくて良かった。後ろの車は驚いただろうな。突然雪煙を上げてラッセル始めたんだから。まだチェーンは巻いていないが、こりゃ巻く必要がありそうだ。
車はTrackeeに近づくが、この先は道路封鎖による大渋滞が予想される。
いつ開通するかわからぬ渋滞対策のため、昼食とガス補給をするために80号を降りて町に向かう。
ダウンタウンはもともと道路が狭い上に、大雪で走行車線が限られ、その中路肩の駐車場に出し入れする車、空くのを待っている車でほとんど動かない。
メキシカンレストランの隣に駐車スペースを見つけたため、滑り込んで昼食とする。
Canonの日本人4家族が、たまたまRenoに泊まり、たまたま同じ今日、家に帰ろうともがいている。
朝、「80号が封鎖された場合の帰り方」を尋ねる電話があり、別の人から「80号は通れるのか」と聞かれたが、こっちもわからん。
レストランから連絡を入れると、一人はRenoから直接レイクタホの南回り50号に挑戦し、あえなく引き返している所、もう一人は北の80号側から50号のほうに行こうとし、やはり追い返されている。出だしの遅れたもう一軒は、私の後を追っているようだ。
人間の補給の次は車の昼食。
スタンドを求めて80号方面に進むが、封鎖中の80号からあふれた車が町中にあふれて、信号が青になっても1台も先に進めない。これはかなわぬとSquaw Valley方面に逃れ、ようやくスタンドに到着。
ところが、はて、給油口に袋がかぶせてあり、クレジットカードを入れても機械が反応しないよ。このマシンは壊れているのかと隣の給油に行くがこれもダメ。はて???そこでガソリンスタンドに放送が入る。
「ここにはもう全くガソリンがありません。すべて売り切れました!!!!」 うっそー!!
私はスタンドの店で飲料水を補給がてら、様子を聞きに行く。
「どこに行けばガス入れられます?」
「この町にはもう一切ガソリンはありません。Renoに行けばありますよ。」 うっそー!!!
Renoから何時間もかけてここまで来たのじゃよ。Renoを出たときはガスもほとんど満タンにあった。それが今半分。
これでは山越えはできぬと寄ったガソリンスタンドにガスがないのではどうしようもない。その問答を聞きつけた後ろの客達が大騒ぎ。
女「トラックは来ないの?」
店員「道が閉鎖や渋滞で何時に来れるかわかりません。」
また何人かが問答に加わって”We are stacked!!”と叫ぶ。
女「ここら辺で泊まる所を探すのがいいわね。もうかなり探すのも難しいからすぐそばのコンドーがいいかも。値段を吊り上げる所も出てくるわよ。ガスはもうあんまりないんだか、走り回れないわよね・・・。」この人たちはかなり緊迫した中にいる。
最近見た”The Day After Tommorrow”の映画が脳裏によみがえる。
幸い私達には半分以上ガスがまだある。病人は抱えているが、とりあえずRenoに引き返そう。危険を冒して山越えはできない。
後発の斉藤家はRenoから先に進めず、すでに地元の情報に基づいて北周りの70号線へと向かったようだ。Renoまでの山道も日暮れとなり、今日は一日何してたんだか。
町の手前でチェーンを外し、夕方6時にRenoで給油がてらの休憩。地図を持っていなかったので、購入。え、70号線って、地図で一番ギザギザしている山道じゃない。こんな所ほんとに通れるの?
CA道路情報に電話するが、通行止めにはなっていない。 すでに70号に入っている斉藤家から電話。「真っ暗で、雪道で、対向車もなくて、ここで止ったら死にます。後ろから来て助けて。」
70号に入る手前のスタンドでも再確認。「こっちの道のがまっすぐじゃない?もっと大回りしたほうが、確実じゃない?」 答えは、「とにかく70しかない。ひたすら真っすぐ行きなさい。」
雪道の為先行車がいると抜く事もままならず、大半を20mph程の牛歩ながら70号を西に向かう。
やはりここだけがCAとの交通路なのか、Safeway(スーパー)のトレーラーなどとすれ違う。
研人の薬を替えようと、薬局に立ち寄る。停車するたびにワイパーの氷を取らないと前が見えない。ヘッドライトの雪も払う。
またしばし走り、ワイパーの清掃のため路肩に停止、車から出ようと、再度ミラーで後方確認をすると、先ほど抜いたばかりの除雪車が、猛スピードで雪を蹴散らし突進してくる。
「あー忘れてました、ごめんなさい、あなたの仕事の邪魔ですよね、こんな所に停車して、だからごめんなさい、ごめんなさい」
と言っているのにスピードを落とすでもなく、車ぎりぎりを狙ってブルドーザーの鉄の板が突っ込んでくる。本日の大危機パート2!
ブワーと描き出した雪をうちの車にぶっ掛けて、猛スピードで駆け抜けていった。
確認せずにドアを開けてたら、ドアは吹っ飛んでいた。 あんた、気が立ってるよ。
夜の10時を過ぎてそろそろ峠と言う所で、前方のパトカーに停止させられる。
「この先でトレーラーがJack Knifeとなり道をふさいでいる」のでここで待つよう言われる。「どの位かかります?」「45分かな」「なるほど1時間か」
ガスとバッテリーを気にして、エンジンを点けたり止めたりしながら、気長に待つ。それしかないでしょ。
再度チェーンを巻こうか悩んだが、頻繁に除雪車が行き来しており、その必要はなさそう。(大丈夫?)
後ろから来た牽引車3台を見送り待つこと1時間、1台目の牽引車がトレーラーを引いて現れる。
さらに20分、もうすぐ日が変わる頃にようやく進入を許され、パトカーの先導で峠に入る。
途中複数のトレーラーがコーナーの内側にスタックしている所で、先導のPoliceが私に止まれと叫んでいる。
ブレーキをかけ停止した瞬間、コーナーの凍結したバンクにより、スタックしているトレーラーに吸い寄せられるように横滑りを始めた。
時速1km位のスローモーションで、T&Cの左脇とトレーラーの荷台が近づく。
運転席の窓を開けて手でトレーラーを押そうと思ったが、しまったこの車、窓が開かない!
「アーもうだめ」という寸でのところで、横滑りをしたかき集めた雪により(?)横滑りが停止した。こんな所で停止させるお前が悪い!
今にして思えば、アクセルを少し踏めば横滑りはせずにトレーラーとのニアミスはしなかっただろう。 が、Policeの停止命令にそむく事になる。あれで接触していたら、おまわりに賠償責任は無いのだろうか。
タイヤを正面に向け、ゆっくりゆっくりとアクセルを踏み、少しずつトレーラから離れ、
本日最大の危機を乗り切り、全員で胸をなでおろす。
パトカーと別れ、その後も進行左手にガードレールも無い崖道を、そろそろと進む。
通行止めが解除されて以来、真夜中過ぎだと言うのに、10個の目が前方に釘付け。
あちこちで大型トレーラーが動けなくなっている。1速には入れられない。
幸い山側の車線の為、谷に落ちる危険は少ないが、ところでこの谷はどの位深いの?真っ暗でわかりゃしない。時折現れる対向車とすれ違うたび、こちらに突っ込んでくるなよと願う。
さらにこの道路、ビックリハウスのような仕掛けが次々と現れる。
手始めは行く手を阻む倒木。 路面の雪が減りアスファルトが見えるようになった頃、突然前方に巨大な墨絵がかかっている。
と思ったら、山肌をサーチライトで照らし出していた。 木には雪、岩肌も白で、地獄絵かと思った。ところで、誰が、何の為に?
次は路面に打ち落ちるインスタント滝。すごい量の水が山から落ちてくる。すると滝つぼとなった道路に霧が立ち込める。
雪道から完全に抜けた頃、ようやく6個の目が閉じた。隣の2個はまだ頑張っている。
一気にスピードを上げるが、後ろに3台の乗用車が現れ、あおられるようにうねうね道を走る。
雪の次は霧である。後続に先を譲りたくても霧の為路肩が見えず、停車場所が決められない。
ようやく飛び込んだ広めの路肩でやり過ごすが、次のコーナーで霧は終わっていた。
へとへとになりながらもようやくとシエラネバダの山を抜け、サクラメント平野にたどり着き、後はひたすら家まで高速をぶっ飛ばす。
これ以上危機に遭わない様、機能している器官を全て使って運転に集中するが、器官のいくつかはすでにお休みみたい。
助手席の目は機能しているようだ。少なくともまぶたの筋肉は収縮を保っている。
先行の斉藤家は、途中見かけなかったが、谷に落ちてはいないだろうか。
他の2軒はその後どうしたのだろうか、などと他人を案じる余裕も生まれ、朝の5時に無事帰宅。
朝の10時から昼食と給油以外全て運転、しかもめちゃくちゃ雪道の地獄の徹夜物語でした。

2/01/2004

2004/Feb

2004/2/01 (Sun)
昨日とはうって変わって、冴えないお天気のSuper Sunday。
絵里はTeddy当番の後、ソファーでごろ寝。宏人と研人は、9時過ぎのご起床。
昼前にMikaさんから、お稲荷さんとチキンのソテーを頂く。
「お昼からはスーパーボールよ」とのリマインドも。
お店がすいてるので、行きたいモールや店はないかと聞くが、だれもNo興味。
宏人につられて研人もスーパーボールを観戦。
絵里は一人部屋に篭っている。エッセーがどうのと言っている。
私はVideo編集にも疲れたので、旅行時のパンフレットを整理する。
記念になるもの、取っておきたい情報をスキャンしてPCに取り込み、Originalは処分。
これも結構時間ばかりかかり、はかどらない。
夕飯は冷凍Ravioliをゆでてオリ-ブオイルとトマト味Pasta Sourceかけ、Smoked Salmonと玉ねぎスライス、それにMikaさんチキン。
Teddyも手持ちぶたさで、あっちにうろうろ、こっちにうろうろ。
2004/2/02 (Mon)
学校から帰り、だれもTeddyにお昼ご飯をあげなかった。
宏人は宿題もせずにTVを見ていたと報告あり。
今日徴収するはずのArtの費用$25を持っていかず、リマインドのeMailが入る。
さらにSocial Studyの費用$5も忘れていたようだ。
絵里はLunchを持ち忘れ、現金も$2しか持ち合わせがなく、Cup Noodleを食べたそうだ。
こんな事では、水曜においてゆく事できないよ。
火事が怖いので、水曜はバーガーKingにでも行かそうか。
私の誕生日という事で、いろいろとメールを頂く。
絵里からは可愛い絵のPresent
準子姉からは素敵なケーキを頂く。有り難い事です。


2004/2/03 (Tue)
柏では、道じいがお見舞いに来てくれた。
ずいぶんやせていたが元気そうで、子供たちの事もずいぶん気にかけてくれる。
柏爺が顔色良く元気でいるのを見て、道じじいも安心した様子。
ステーションモールで道じじいと昼食。おじさんが選んだ店は昨日の植村。
「どこでもいいよ」と言った手前、昨日も来たとも言えず、入る。
やっぱりおいしい。
おじさんとの話は尽きない。
結婚前はずいぶん飲みにも連れて行ってもらった。
いろんな事を思い出しながら話す道じじい。年月が流れた事をまた実感する。
今日はTeddyの食事と洗濯物かたしは、無事にやってあったが、うんち拾いをしていなかった。
夕飯はまたまたHortonさんのちらし寿司。
肉じゃがと、黒豆煮物、酢の物まで揃っている。
明日はシチューと決まっているらしい。
連日申し訳ないが、遠慮は受け付けない人だから。
食卓の支度をしない、と研人を怒る絵里。
「お母さんの気持ちが、わかった?」と聞くと、「お母さんは一日家にいて、宿題もない」と、英語で言っていた。
明日から予定されていたBoston出張が来週に延び、子供だけの一夜は、幻に終わった。
2004/2/04 (Wed)
予定通り、準子さんのシチューが届く。聞けば、学校後にもスナックとして、おにぎり、焼きそば、たこ焼き、クッキー、ホットドッグ、ドーナッツ、それにドリンクをいただいたそうだ。
何で報告しなかったかと聞けば、「全てを報告する義務はない」と英語で言う宏人。
ああ、そうかい。アメリカはそういうところなのかい。
2004/2/05 (Thu)
江戸爺の運転で成田空港まで見送られ、SJCへ戻る。
2004/2/08 (Sun)

モクレンの花が、ずいぶん開いた


2004/2/09 (Mon)
先月到達できなかったBostonに、五時半起きで出張~水曜夜まで
2004/2/11 (Wed)
お誕生日おめでとう!!研人12歳。柏爺78歳。
2004/2/15 (Sun)











2004/2/16 (Mon. Presidents Day)
横殴の突風が、広大なSacrament平野を吹き荒れる中、車をTahoeに走らせる。
水しぶきが風に飛ばされ、前方視界はほとんど利かず。
チェーン規制の出ていたI-80は、結局雨のままTrackyに着き、今日はSki無しとする。
先月同様、Squaw Valleyで午後の半日Skiを予定していたが、雨の中でも滑りたいと言う子供はいなかった。(助かった)
そのままI-80をRenoまで直行。
Presidents Dayで祭日の今日は、大雨+突風+3連休からの帰りの車で、対向車線は見るも無残な大渋滞。
Trackyの先から渋滞するなら諦めの付く所だが、今日はTrackyのはるか手前、Renoからの登りからびっしり。
今日からのSkiは、道路状況は正解だが、はたして天候は?
今回の宿は、RenoのSilver Legacy。1泊$138のところ、どういうわけか$48。
Skiの宿に使うのは気の引けるような豪華なHotelだが、この値段では止められません。
前回、3年前のCircus Circusとは、隣りあわせで空中連絡路で行き来自由。
さらに反対側のEldoradoと、Casinoの3軒はしごもできる。
早速、Buffetで昼食。その後ぶらぶらとHotels散策。
Circus Circusの無料ショーを見たりして時間をつぶす。
部屋ではいつものカードゲーム。
ところが、今回誰もトランプを持ってきていない。
Hotelに2泊する準備をする様に言ったのに。
で、研人が自腹を切ってHotelのCasinoで使用済みのトランプを、$1で購入。
結構いいおみやげだと思うけど。
夕食はSea Food。Bay ShrimpのSandwich、Curry Shrimp Soup、Oyster煮込みとサラダを4人でShare。
のんびり初日でした。
2004/2/17 (Tue)
3年前と同じ、IHOPで朝食の後、Mt Roseへの途中から、雨が雪に変わり、猛吹雪の様相。
電波の入りの悪い中、家のパソコンで情報を得ようとするが、なかなか連絡がつかず。
麓が雨のため、一番標高の高いMt Roseを選んだが、この強風は他も同じなのか?
男二人のSki Rentalと4人分のリフト券で、何故か$90。これはお得だ。
今回はスノボーではなく、スキーを選んだ宏人も、12歳以下の子供料金としてくれたおかげ。
大人2人子供2人の正規料金は、リフト代だけで$120のはずなのだが?
Mt. Roseは、MainのLiftが1本、その裏山に1本、あとは付随するだけのシンプルなゲレンデだが、コースは無数にある。
最初に頂上に行き、裏山の風具合を確かめに降りてみたが、こりゃさらにひどいと言う事で、正面側のみに絞る。
貸しスキーに手間取る間、絵里は1本すべり、その後10本(絵里は計11本)。
近年まれに見る体力勝負Skiとなった。
山を降りると、Renoの街はさらにすごい突風が吹き荒れていた。
信号機がいつ落ちてきてもおかしくないほど、グニョグニョとしなっている。
こりゃ明日もダメかな? そんな中、Sport用品屋と、Best Buyへ出かける。
研人がClay AikenのCD "measure of a man"を買う。
夕飯はCircus CircusのAmerican。宏人の口の痛みは、本人も忘れているみたい。
空中ブランコショーは、メインの3回転キャッチに2回失敗したが、あれは成功する確率は低いと見た。
さて明日はどこに行こうか。Northstar, Squaw Valley, Alpine Meadowsを候補にし、天候と風の具合で決める事にする。
今朝の失敗から、明日朝一でWeb調査結果を入手する事にして、就寝。
2004/2/18 (Wed)
Hotelの清算は、System Downの為、後ほど郵送となる。
強風のせいかと聞くが、昨晩から全く動かないとの事。
今日のSkiも、先が思いやられる。
朝のWeb情報では、Squaw Valleyは大雨との事、とほほ・・・。
とりあえず3つの候補ゲレンデの入り口である、Trackyまで車を進める。
Trackyへの山道から雪が降り出し、市外へ入ったときにはかなりの積雪。
これなら標高が低くても、雨にはあわないだろう。
となると、次は風だが、Northstarは独立峰の為、候補から消える。
まだ行ったことのない、Alpine Meadowsが、リフト券も安く試してみる事にする。
州道から右に折れ、ゲレンデへの道は昨夜からの雪で、4駆(実際はAWD)がありがたい。
駐車場にはすでに車がいっぱい。
すいていそうな事も、選択肢にあったのだが、これはかなり混んでいそう。
Main Houseまで吹雪の中、板を担いで歩くのがつらいほどの距離。
男2人は先に行かせ、Rentalの用紙記入をさせ、絵里にはその間食べるものを物色させる。
そう、朝食もまだなのです。
子供達の着替えを準備し、板、靴、Poleを屋根から降ろし、ようやく自分の支度にかかる。
今回は宏人の12歳が通用せず、13歳からは大人の値段とあって、4人のLiftと2人のRentalで計$177。この差は大きい。
このゲレンデ、圧雪車が入っておらず、全山30cm以上のPowder Snow!
喜びよりも体力を心配する。
案の定、子供達は深雪に悪戦苦闘。
片足に乗れている絵里が、それゆえに転倒。
無理に体で右回りをする研人が、雪の中でもがく。
宏人は、「滑り方も変えなきゃダメだね。」とか言って、何ともなさそう。
「板を開かず、1本の板のように」とアドバイスすると、
「だから深雪はSnowboardがいいんだね。」といつになく理解が早い。
宏人は今日も悪天候のため、慣れているSkiを借りた。
深雪で転ぶと、立ち上がるのにホント体力を使う。
2本滑って研人が休憩を懇願。合意。
のんびり休憩する研人を待ちきれず、絵里が1本滑りに行く。今日も絵里が1本リード。
ちなみに心配した風はそれほどでもなく、雪も小ぶりになり時折日も射す、絶好の新雪Skiか?
その後山頂へのLiftに2回乗ったが、さすがに山頂付近の風は強く、以降は穏やかなエリアだけで過ごす。
ゲレンデやリフトが混んでいる事はなく、少しずつ踏まれて深雪は限られてきたものの、
快適な新雪と、時折突っ込む深雪の差に、徐々に体力を消耗する。
さらに宏人がJump(をきっかけにする)Turnを研究したくて、見本をさせられるが、
これって太ももに負担が大きいのよね。
連続5本攻め、1時を回ったので休憩を願うが、「休んだらもう滑りたくなくなる」の絵里に男どもが同調し、休ませてもらえない。絵里の言葉が、こちらの下心だったのだが。
じゃ、3人で行って来て、と最後の1本をにおわす。
降りてきて「もう1回」と研人と宏人。絵里はもういいと、リタイヤ。
2人でもう1本の後、「まだ滑りたいけど、けがしそう」ということで、ようやく2時に終了。
結局子供は9本、私は7本。
その後道具を返し、着替えをして板を積み込み、朝の逆を同じ人が同じ作業をして3時に帰路に着く。
「ありがとう」などと言っているが、言葉より協力が欲しい。
帰路は思ったより順調で、Sacramentの夕方渋滞はあったものの、6時半過ぎに予定のRestaurantに到着。
Virginia時代に知り、CAに店がないかと探していたバーガー屋Fuddrucker's。
先月のSkiの帰りに宏人が見つけたので、今回の食事に決め込んでいた。
みな違うバーガーをたのみ、みな「自分のが一番おいしい」と言っている。
この店はお勧め。
8時、Teddyの大歓迎で今回のSki旅行が、無事終了。
2004/2/19 (Thu)
強風はSilicon Valleyでも吹き荒れ、家のFenceが外れそう
雨どいも溶接部から折れてしまった
仮の補強をして、大家と調整しなければ
2004/2/22 (Sun)

2004/2/29 (Sun)
夕方6時、LAX乗換えで再びBostonへ。到着は、CA時間で夜中の2時30分。
ホント東への出張はきつい