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6/11/2026
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6/10/2026
2026/6月の散歩(南会津、ヒメサユリ)
2026/6/10 (Wed)
2012年5月に裏磐梯を訪れた時に知った「ヒメサユリ」という花に、14年越しで逢いに出かけた
宮城県南部、及び新潟/福島/山形県境の山間部だけに群生する、貴重な日本固有種だ
梅雨入り後の晴れ間をねらい、今回は南会津町の南郷地区にある「高清水自然公園」を目指す
朝5時に自宅を出発し、鹿沼~鬼怒川温泉~山王峠~だいくらスキー場~南郷スキー場と、下路3時間で、高清水自然公園に到着今日の8時に開園を迎えるという高清水自然公園に、入園料500円を支払い、一番乗りを果たす
ヒメサユリ(姫早百合・姫小百合)は、一般和名を、
オトメユリ(乙女百合、Lilium rubellum、ユリ科ユリ属の多年性球根植物)といい、類似のササユリは雄蕊の花粉が入っている部分「葯(やく)」が赤褐色なのに対して、ヒメサユリは黄色で見分けるという繁殖地ではヒメサユリと呼ばれているが、学術上はオトメユリというのは、なぜだろう
園内には木道が整備され、環境保護活動が行われている
ササユリより小型だという、雄蕊の黄色いヒメサユリ
思い思いの方向に咲いている
秋に地面に落ちた種が土中に入り、翌年小さな球根となり、
2年目は土中で球根として成長し、
3年目の春、一片の葉が地表に表れ、日光を浴びて球根に養分を送り、
4年目にその葉が大きくなり、日光を浴びて球根にさらに養分を蓄え、
5年目、茎を伸ばし葉も2~3枚に増え、さらに球根が成長し、
6年目には葉が5~6枚に増え、ようやく1輪の花をつけ、
その翌年からは球根の成長に伴い、1年に1輪ずつ花を増やし続けるのだという
4輪の花を付けるには、9年かかるということだ
オニアザミ(鬼薊、Cirsium borealinipponense、キク科アザミ属の多年草)も見える
この公園内のヒメサユリは、全て自生だそうだ
麓の南郷スキー場では、ここから移植して、ヒメサユリを咲かせているという
花の色の濃淡が、茎ごとにずいぶん異なる
白花も、数輪見かけた
しなやかで強靭に伸びたワラビは、ヒメサユリの間隙に密生し、葉で適度な日陰をつくり地温の上昇を防ぎ、茎で強風を和らげると考えられ、
さらにワラビの根は、ひめさゆりの球根をねずみやモグラの食害から守っているようで、ヒメサユリはワラビと共生しているという
ワラビの新芽
標高900m以上の園地は、「天空のヒメサユリ」を自称する
オニアザミの基準産地は、福島県会津地方だという
ヒメサユリ以外の草花にも、目を向けてみる
花びら(舌状花)が5枚程度のニガナに対し、7枚〜11枚前後と多いハナニガナ
春に萌え出る若芽は、先が鳥足状に3本に分かれ、鳥の脚に似た形をしているという、
トリアシショウマ(鳥足升麻、Astilbe odontophylla、ユキノシタ科チダケサシ属の多年草、日本固有種)の若芽は、山菜として食べられ、夏に大型の円錐花序をつくり、多数の白い花をつけるどうやら、クルマバハグマ(車葉白熊、Pertya rigidula (Miq.) Makino、キク科コウヤボウキ属の多年草)の花茎が伸びてきたところ
ピンク色の蕾がさらに伸びて、8~9月に円錐花序に、十数個のコウヤボウキのような花をつける
ノギラン(芒蘭、Metanarthecium luteoviride、キンコウカ科ノギラン属の多年草)
花茎が伸びてきたところこの後総状花序をつけ、やや多数の黄緑色の花をつける
ヒメハギ(姫萩、Polygala japonica、ヒメハギ科ヒメハギ属の常緑の多年草)の、ごく小さな花
イワカガミ(岩鏡)の花後
ヤマボウシ(山法師)の木が1本
アカモノ(赤物、イワハゼ(岩黄櫨)、Gaultheria adenothrix、ツツジ科シラタマノキ属の常緑小低木)
花が終わると萼が成長し、果実を包み込み、直径6 mmの球形をした偽果となり赤色に熟し食用になり、生食すると甘酸っぱくおいしいという
赤い実からアカモモ(赤桃)とよばれ、これが訛ってアカモノといわれる説もあるベニバナイチヤクソウ(紅花一薬草、Pyrola asarifolia subsp. incarnata、ツツジ科イチヤクソウ属の常緑の多年草)の花後と思われる
ウラジロヨウラク(裏白瓔珞、Rhododendron multiflorum、ツツジ科ヨウラクツツジ属の落葉低木)は、ツリガネツツジの仲間で東北から北海道に分布する
花の様子が仏像が身につけている装身具(瓔珞・ようらく)に似ていること、葉の裏が緑白色なことから、ウラジロヨウラクというウラジロかなあ?
ホシベッコウカギバの雄(斑紋の黒が濃い)
公園の陽が当たる北斜面にはヒメサユリ、陰になる南斜面に、東北地方の色々な植物が見られた
折角なので、南郷スキー場のヒメサユリも見てゆこう
駐車場には、
タニウツギ(谷卯木・谷空木、Weigela hortensis、スイカズラ科タニウツギ属の落葉低木)
タニウツギ(谷卯木・谷空木、Weigela hortensis、スイカズラ科タニウツギ属の落葉低木)
園内には、林野庁「水源の森百選」に認定された、「名水高清水」が湧いており、銘酒花泉の仕込み水として使われているというので、帰路の道の駅で「花泉」を購入した
南郷スキー場を車で駆け上る
中央左手の残雪を持つのは、浅草岳か?
ゼンテイカ(禅庭花)は、エゾカンゾウやニッコウキスゲで呼ばれる
ここにもオニノゲシヒメサユリもあるが、高清水自然公園には数で劣るな
イタチハギ(鼬萩、クロバナエンジュ、Amorpha fruticosa、北アメリカ原産のマメ亜科イタチハギ属の落葉低木)
ヒメサユリよりも、伊南川沿いの景色に癒されるこのままスキー場を抜けると、宮床湿原があるらしい
以前に、田代湿原、駒止湿原に行っているため、宮床湿原へ行ってみることにする
スキー場を抜けたあたりで、林道が荒れ始め、右手は落ち込んだ崖、左の山からは草木が伸びていて、車にこすらずに走るのは困難
さらに湿原入口は見つけたものの、付近に駐車している車は無く、明らかに我々だけで薄暗い林の中の獣道を、10分歩かねば湿原にたどり着けない
クマさんから通行許可を取れそうにないので、今日はやめておく
その後の林道もなかなか手ごわく、ギアは1速、時速10km程でノロノロと山を降りる
替わりにと出向いたのは、「河原崎城跡」別名「和泉田城」
築城時期は不明で、戦国末期の城主は、五十嵐和泉守道正
天正17年(1589)会津葺名氏を破った伊達政宗軍、総勢4000名が城を取り囲み、対する道正側は300名
伊達軍が北から攻めるも上からの抗戦で戦力を失い、道正から政宗に寝返った福田勘助の案内で、城の西から鉄砲攻めを浴びせ、南の大手からも攻め込み勝利を収めた
道正は自害、城中のものは全員撫で斬りされたが、伊達側も800人余りを失うという大決戦の舞台だったという
名もなき神社が残っていたが、城郭への登り口ではなさそう天正17年(1589)会津葺名氏を破った伊達政宗軍、総勢4000名が城を取り囲み、対する道正側は300名
伊達軍が北から攻めるも上からの抗戦で戦力を失い、道正から政宗に寝返った福田勘助の案内で、城の西から鉄砲攻めを浴びせ、南の大手からも攻め込み勝利を収めた
道正は自害、城中のものは全員撫で斬りされたが、伊達側も800人余りを失うという大決戦の舞台だったという
結局登り口からすぐに藪掻が必要なほど荒廃しており、熊も嫌なので登城せず
周辺には蕎麦屋すら見当たらず、今年4月にRenewalされた「道の駅 きらら289」で昼食
トマトの産地だけあり、トマト好きにはたまらないピリ辛スープの「トマトラーメン」
似ているようで味付けが異なる「冷やしトマト担々麺」
次に南会津町田島の「鴫山(しぎやま)城跡」へ
南山城・田島城とも呼ばれる鴫山城は、宇都宮成綱と下野国をめぐって戦った、長沼氏の勢力の中心的な根小屋式山城で、福島県指定史跡
オドリコソウ礼文島で出逢った、コウリンタンポポ(紅輪蒲公英)
築城は年月をかけ、時代ごとの建築方式がとられているという
愛宕山の山頂部の「山城」、中腹にある「居館(本丸)」、麓にある「侍屋敷」で構成されている
入口の鳥居は、山頂の愛宕神社への参道でもある
外郭遺構
侍屋敷跡
根小屋は、城の守備をしていた在郷の侍たちの休憩場所、寝小屋だったのか
空堀
2015年6月に落雷があり、山頂の愛宕神社本殿が焼失し、その時の豪雨で一部が埋まってしまったという空堀
古図によると、二階建ての楼門があったという大門跡
現在の石垣は、復元物
御平庭
下千畳とは、二の丸だそう
エンレイソウ(延齢草)の実
嗽清水(うがいしみず)という泉が湧いているところの祠
上千畳は本丸
フタリシズカ(二人静)
釣鐘型の白~緑の花は、ホタルブクロの子供か?葉が心形で全縁だが?
お地蔵様を祀る
空模様が怪しくなってきたので、ここで引き返す
フタリシズカ(二人静)
ヤブレガサ(破れ傘)
車を停めたのは、旧南会津郡役所の前
明治18年(1885)に建設された擬洋風建築の、福島県重要文化財タイトルの「南郷スキー場」は、「鴫山城」の間違い
南会津には、日本遺産の「御蔵入(おくらいり)三十三観音」があるのだが、今度ゆっくり回ってみたい
今回は帰路にあった2カ所を訪問「永田西国三十三観音」は、一カ所に西国三十三観音を集めた、疑似版
駐車場からの道に「永田七不思議の1つ石灯籠」がある1、火を灯し祈れば病いゆるという
2、灯篭をなでれは神の恵みによりなが病みもそら腕の痛みもなおるという
3、形状が大変珍しい、且 如何なる土木技術によって建立したか不思議である
「永田西国三十三観音」は、白い鳥居の先にある(?)この地の篤志家であった第29代渡部又左衛門英信が、西国三十三番札所を巡礼した際に33ヵ所ぞれぞれの墓場の土を拝受し持ち帰り、文化3年(1806)から3代にわたり、永田の山に埋めながら仏像を彫刻してできたものだという
クマ出没のためか、入り口は封鎖されており、出口近くの三十三番札所だけ拝ませていただく
ハンショウヅル(半鐘蔓)の花後
コバンコナスビ(ヨウシュコナスビ、Lysimachia nummularia、サクラソウ科オカトラノオ属の水草)
園芸種の、ラナンキュラス・ゴールドコイン(Ranunculus repens 'Gold Coin'、キンポウゲ科キンポウゲ属)だろう
最後に、南会津郡南会津町糸沢居平の、真言宗豊山派 熊野山 長沢院 龍福寺
文治5年(1189)源義経が兄である源頼朝に追われ、京都から奥州平泉に下向する際、会津西街道(下野街道)を北上し糸沢宿付近の民家に密かに宿を取り、家臣である渡邉内膳守義政がこの地に留まり、建暦2年(1212)に龍福寺を開山したと伝ふ御蔵入三十三観音霊場第21番札所「観音堂」
本尊の馬頭観世音菩薩は、寛文5年に当時の住職が日光を参拝した際、中尊寺の上人から夢でのお告げとして、手渡されたと伝ふ
地蔵大菩薩堂が隣にあるが、情報見つからず、帰路につきます
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