1/27/2008

MINI が来た!


3ヶ月前に発注した MINI が本日我が家にやってきました。
荒れ模様の予報でしたが、雨風もなく絶好の納車日和(?)

 
ディーラーに出向くと、ショウルームにうちが注文したものそっくりの車が。 
悪くないなと眺めていると、営業さんがその車だという。
おお、お客の心を知ってるじゃないか。
毎回納車のときにやるセレモニーだとしても、悪くない演出じゃないか。

それからペーパーワーク、オプションワランティーの説明、契約、車に戻ってスイッチ類の説明、ガス入れ、清掃と、かれこれ2時間半もかかりました。
契約担当の女性は、1976年からBMWのディーラーに勤める、そのオフィースの最古参。
年の割りに車のことを知ってるわけだわ。今までに9台のBMWを3年ごとに買い換えているとか・・・
ちなみにMINIのディーラーとBMWのそれは、道を隔てた同じ会社です。
MINIの会社自体BMWの傘下ですし、載ってるエンジンもBMW製です。

ディーラーから家までの高速は、路面が悪く、その路面の状態をいちいち拾うものだから、乗り心地の悪いこと。
クラッチの繋がる位置もうまくつかめないし、なじんでいないのでシフトのフィーリングもいまいちだが、そのうち慣れるでしょう。

ということで、今日はこの車の中で眠ります(冗談ですよ)

1/13/2008

Accordのその後


クリスマスに知り合い(以降Keyさん)に譲ったAccordだったが、実はいろいろと大変な事件があった。

そもそも1月7日までに日本で言うところの車検、こちらのSmogチェックを受けなければならなかったが、Keyさんがいろいろとあたったものの、どこの審査場でも現状のままでは検査を通らないといわれた。
エンジンのノイズが大きく、排気ガスも正常ではなかったようだ。
修理には10万円以上かかることがわかり、Keyさんもそこまでするつもりはなく、Smogチェックが通らないまま、名義変更もできなくなってしまった。

今後のことを考える間、AccordはKeyさんの家の前に止めてあったが、突然アラームが鳴り始めたそうだ。盗難防止用のサイレンである。無論、窃盗犯の仕業ではない。
Accordの引渡しに際し、アラームのスイッチのことは伝えたのだが、Accordに馴れないKeyさんは、そんなスイッチのことは全く忘れ、ケーブルを引っこ抜いて止めたそうだ。

1月7日の期限が過ぎ、行き場のなくなったAccordは、駐車スペースに余裕がある我が家へ、出戻ってきた。
そもそもKeyさんが引き取りたいといってくれるまで、我が家でのAccordの行く末はドネーションとして、無料で公共団体に寄付するはずだった。ところがKeyさんの根性の調査により、Smogチェックに通らない車でも、有償で買い取るところがあることがわかった。
さらに低賃金層者に限るのだが、この団体が$500まで車検代を肩代わりしてくれるという。
さすが懐の深いアメリカならではだ。

その場所はSan Joseの北東にある。
買い取ってくれる条件は、自走できること、書類が全てそろっていること。

車を所有したときにピンクスリップと呼ばれる公的書類があるが、今回は車検が通りませんという証明書、ジャンクスリップが必要だ。
とうとうAccordもジャンクだと認定されてしまうのか・・・
1月7日以降、登録を抹消された車に乗ることは違法である。
そこで、この車を手放すために、1日だけ公道を走らせてくださいという許可証も必要。
法的なオーナーは私のままなので、私が手続きを踏まねばならない。

ナンバープレートをはずされたジャンクカーで、今日限りのドライブを楽しむ。

手続きはほんの30分ほど。
Accordは、その手続きの最中に、いつの間にか姿を消していた。
わりとあっけなく渡されたチェックには、Accordの修理にかかるといわれた金額が印刷されている。

Accordの行き先だが、94年式の部品が必要になったら、会いに行くことができる。
その時にはシートもヘッドライトも、窓ガラスもアルミホイールも、無くなった姿だろうけれど。
全身ドナーとして、最後のお勤めに出かけていった。

これでほんとうにサヨウナラ。
家族を乗せていろいろと働いてくれて、ありがとう。
事故も起こさず、本当に助かったよ。
安らかに、おやすみ

PS)

街中では、この年式のAccordを多く見かけます。
テールランプが若干異なるので、1~2年新しい可能性はありますが、他の車種、特にアメリカ車では滅多にお目にかかれない年式です。
BodyもEngineも、熟成されていたのだと思います。カムリに勝つために、ちょっと無理したのかな?

異音はEngine Headからで、回転数が2500~3000rpmで起こり、バルブがヘッドに当たるような音でした。
それでも燃費や加速に異常はなかったし、オイルの汚れも通常だったため、乗り続けてしまったのが、命取りでしたね。
ただし、最初から大掛かりな修理をせずに、乗れるところまで乗るための車だったので、大満足です。
Honda車はなくなってしまいましたが、良いイメージが家族全員に残っていますよ。

1/06/2008

吹雪と停電 Mt. Shasta

カリフォルニア全土に低気圧が襲来した。
北CAの、Mt. Shasta周辺は、低気圧のもたらす冬の嵐が直撃した。
ベイエリアでも風雨が激しく、我が家でも街路樹の枝が折れたり、車にかけてあったカバーが吹き飛んだりしていた。

おりしも今年最初のVacationを取り、家族でスキーに出かけていた。
しかも場所は Mt. Shasta、ベイエリアからは約6時間のドライブ。

到着した日は天気も良く、Raddingという北CAの町からMt. Shastaの遠景が見てとれました。

たった3泊の旅行で、3年ぶりのスキーは中2日しかとっていない日程でしたが、ばっちり冬将軍の直撃をくらいました。

今回の宿はB&B (ベッドと朝食付き民宿)だが、主人が大の鉄道ファンで、敷地内に車掌車がデン。





 子供相手に、コレクションの説明をするご主人





夕食が付かないから、村に1件だけのレストランへ行き、アメリカ人が持ち帰りをする量の食事を5人で全てたいらげ、お店のウエイトレスにGood Customersと言われる。

翌日、スキー初日から吹雪で、AWDの車にもチェーンを巻いてスキー場へ。
ほんの数時間のスキーを終えると、車はごらんの状態。
さらに子供たちが未経験のナイタースキーが、悪天候で今日はキャンセル。
ナイター付きのリフト券2日分なのに。

ストームの到来は散々ニュースで流れており、誰もが心の準備はしていた。
とはいえスキー2日目の朝に突然停電となるところまでは、想定範囲外だった。
村全部が停電。
B&Bでは、朝食の準備中にオーブンも電気コンロも暖房機器も使えなくなった。
薪によるストーブが唯一の調理器具および暖房器具と化す。

ホストの努力で、何とか暖かなスクランブルエッグとソーセージとコーヒーをいただく。
ところでこの嵐で、スキー場はオープンしているだろうか、電話で確認。
テープの音声曰く、スキー場も停電、つまりリフトも動かない!

昨日スキーをレンタルしたり、リフトチケットを購入の際、スキー場が閉鎖の場合の払い戻しの確認をしておいてよかった。
それにしてもレンタルの返却や返金を受けるため、スキー場まで行かねばならない。
スキー場はMt. Shastaという名の町と、B&BのあるMcCloudという村の中間から4マイルほど山を登ったところにあり、McCloudとスキー場の間に、家は1件もない。
スキー場へたどり着くのも大変だろうが、行ったとしても誰もいないのでは?という疑問がモンモン。

Mt. Shasta町とMcCloudをむすぶ89号線は、村のボランチィアによる除雪車が頻繁に走り道路を確保しているが、除雪車の通った5分後はまったくの雪道
24時間の積雪が39”ほとんど1mだったそうな。
さて89号線からスキー場へ曲がると、そこに1台のトラック。
スキー場には人っ子一人いないという。
Mt. Shasta町にあるスキー場のオフィースを聞き出し、そこへレンタルを返却することにする。

無事レンタルを返却し返金の依頼を済ませ町をうろつくが、どこも嵐が来るぞと店を開けていない。昼飯だけ済ませてB&Bへ戻る(また山越え)が、まだ電気がない。
他にすることもなく、カードゲームで遊ぶ。
ホスト夫婦は、急な停電で自分たちの夕食や、明日の朝食の心配をしている。
ランタンも少ないので、町まで買い物に行くという。
他に泊り客はなく、うちの5人でカードしながら留守番。

夕方になりふと気づくと、雪は止み風もない。
電気のない宿にもう1泊しても仕方ないのでは?明日は今より雪が少ない保証もない?
ということで、ホストのいないB&Bから夜逃げのように抜け出して、突然の帰路に着く。
突然の思いつきで留守番中に帰ることを手紙で詫び、留守電を残し再び雪道へ。

無事にI-5にたどり着き路面に雪はなく、時折の強い雨と風にあおられながらも峠を越えてRaddingへたどり着き、夕食。
途中B&Bに何度か電話して、ようやく連絡が付き、無礼を詫びる。いろいろ気を使っていてくれただけにまことに申し訳ないが、事情はわかってくれた。
今回のドライブで、往きに長男が1.5時間、帰りに長女が夜道を2時間運転してくれた。
もちろん雪も雨もないまっすぐなI-5を。
そろそろ楽しなくっちゃね。