2009/6/19 (Fri)
サンディエゴの学校に行っていた長女が、3年で卒業単位を取り終えて、家に帰ってくるので、またお引越しです。
娘はAudiに乗ってSan Diegoに行ったのですが、引っ越し荷物が多いため、Dodgeトラックの出番です。
借りていたアパートを引き払い、ピックアップトラックとAudiに荷物を満載し、2泊3日の引越し旅行。
LA付近の高速道路はいつものように渋滞。運転もしにくそうだし、LAに住むのはたいへんそう。だけどやはり便利は便利。これまたいつものようにブックオフに行き、十数冊の本・数枚のCDをゲット。探していた本はなかったけれど、手軽に読める中古本がその場で買えるのはやはり魅力だ。
トーランスのミツワへ。フードコートの充実には驚いた。まるで日本だ。安価でおいしいラーメンとカツカレー、ゴマプリンの夕食。懐も痛まず、大いに満足。
10:30PM ホテル到着。娘のアパートまで5分、ラホヤのホテル泊。
1泊200ドルのホテルに、夫の出張で溜めたポイントで泊まれるのはありがたい。数年前の出張地獄の恩恵と感謝しよう。
2009/6/20 (Sat)
最後のサンディエゴなのに、今にも雨が降り出しそう。そう言えば大学下見の時も、入寮前のオリエンテーションもこんな天気だった。南カリフォルニアと言えば、抜けるような青い海と空が浮かぶのに、時の節目と言うのはこんなものだろうか。
朝食後、娘のアパートへ。ベッド・机もばらして大方パッキングは済ませてあった。
一日特に引越し作業をする必要もなさそうなので、サンディエゴのタウンを4人(夫、私、娘とボーイフレンド秀くん)で楽しむ事に。
おいしいメキシカンを食べようと、San Diego Old Townへ。
幸い雨に降られることなく、たくさん歩き回った私達はそれぞれの場所でしばし休憩(昼寝)後、再び集合し、夕飯は軽くベトナムレストランへ。
さすがこの地に住んで3年の娘たち。リクエストすればすぐにおいしい店に連れて行ってくれる。
最後のサンディエゴの晩餐としては地味だったけど、あっさりさっぱりおいしくPHOを頂いた。
ボリュームたっぷり濃い味のアメリカ食の中、PHOは欠かせない存在だ。
2009/6/21 (Sun)
朝食後すぐに引越し作業を始めた。
娘のアパートは3ベッドルーム、リビングダイニング付。彼女の部屋は、友達と共有の2人部屋だった。収納スペースが大きいわけでもないのに、3年間の生活(2年間は寮)で増えた荷物はかなりのもの。家から持ち込んだたんす・キャビネット・掃除機などは置いてくる事にしたが、かき集めた荷物の多さは想像以上。それでも引越し慣れしている私達3人とマメな秀くんは、次々トラックに荷物を積み込み、残りは娘が乗っていたAudiへ。10時半には、無事荷積みも完了しアパートとおさらばの時が来た。
サンノゼに向かう途中による予定のアウトレットとLAの昼食が気になって、写真を撮って別れを惜しむわけでもなく、バタバタとサンディエゴを出発。
5号線を北上30分でCarlsbadのアウトレットに着いた。
さすがカールスバッド、ギルロイのアウトレットとは雲泥の差。しゃれてる~。ゆっくりショッピングしたかったけれど、LAーSJと遠い道のり。Swarovski・Coach・Calvin Kleinだけ見て目ぼしい買い物もできずにショッピング終了。うう、残念。
さらに北上LAへ。
目指すはLAのコリアンタウンにある”Soowon Galbi”。韓国人の秀くんも太鼓判を押すおいしさの韓国焼肉店。LAのコリアンタウンの韓国料理はどこもおいしいと評判だそうだが、初めて行ったコリアンタウンは通りにぎっしりハングルの文字・韓国レストランがひしめき、狭くごちゃごちゃしていた。
”Soowon Galbi”はこじんまりしたきれいなお店で、炭焼きBBQのおいしそうな香りが空っぽのお腹を刺激する。
娘達のお奨めメニュー牛カルビー2種・豚バラ1種・バジョンを秀くんが韓国語で注文。韓国語を話している姿が韓国ドラマを見ているようだ。
韓国レストランに行くと多彩な副菜がうれしい。今日のレストランはその副菜も豪華絢爛多種多様・・・。その上いくらでもお代わりできちゃうなんて、太っ腹~。
サラダはにんにくたっぷりのゴマしょうゆ味。私は何回もお代わりしてしまいました。
気になるお値段ですが、チップを入れて120ドル。安い!
さ、一気にサンノゼに戻らなくてはならない。
私達トラック組と娘達Audi組は、それぞれ自分達のペースでサンノゼに向かう事にした。長距離走行、Audiの方が断然快適だよね~。
娘が混んだLAのハイウエーをドライブしている姿がちらちら見えると、大丈夫かしらと心配になった。
が、その内その姿も見えなくなって、一つの時代が終わったなあと感傷的な気分になりつつ、ひたすら北上、家を目指した。11時PM、家に到着。娘もすでに帰っていた。
何度か通ったSan Diegoも、これで一旦縁遠くなります。
Teddyと息子2人はその間留守番でした。
一年後に2人の息子たちがどこの学校に行くのか、楽しみにしたいと思います。
そうこうしている内にアメリカ滞在が残り100日を切ってしまいました。
我が家の一人一人がこれからどうなってゆくのか、わくわくしますね。
Teddyと息子2人はその間留守番でした。
一年後に2人の息子たちがどこの学校に行くのか、楽しみにしたいと思います。
そうこうしている内にアメリカ滞在が残り100日を切ってしまいました。
我が家の一人一人がこれからどうなってゆくのか、わくわくしますね。
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