12/07/2022

2022/12月の旅行(芦野温泉)

2022/12/06

芦野温泉(あしの)への昼食は、黒磯駅前の「生そば冨陽」
香り高い「那須野ヶ原 里山の晩秋蕎麦」を毎朝手打ちしてうるという蕎麦は、香りも良く、コシがあり、素晴らしいが、つゆが辛め(濃くはない)
暖かい三色蕎麦は、山菜、カレー、海老天
名物の「そばがきコロッケ」は、おもて那須クーポンで200円引き
もりそばだけではないのも、冨陽さんの魅力です
お隣の「明治屋」は、まんじゅう屋
温泉まんぢゅうは、那須野が原高原産の小豆を使い、適度な甘さでお値段以上のおいしさ

どらやきも食べてみたーい
黒磯駅前の散策コースも、楽しそうだ
お蕎麦屋さんから徒歩2分の「黒磯神社」一の鳥居
二の鳥居


神馬像

主祭神は天照皇大御神、大己貴神、宇迦御魂神の三柱


面足尊(おもたる)と惶根尊(かしこね)の御神像

わらじが祀られた足尾神社

戦没者を祀る祖霊舎

神門
東に移動し、那須三十三観音霊場第6番礼所「會三寺(えさんじ)」



今日のお宿、芦野温泉の、日帰り温泉用の立派な入口
広大な敷地に、ホテルもあります
脱衣所手前の、素敵なスペース
温泉の湯けむりが、吹き込んでいます



休憩所は広々としており、温泉陣屋で食事もとれます
この温泉の名物は「薬草の湯」
喫煙所
温泉内は写真が撮れません
第1号泉はpH9.8とかなりのアルカリ泉だが、泉温は28度台と低め
第2号泉はpH9.18とアルカリ度が若干劣るが、泉温は45.8度
異なる2つの檜の浴槽で、異なるお湯が楽しめる

「ツルの湯」「メラの湯」のほかに、薬草の湯として刺激性の強い「那岐の湯」とマイルドな「那美の湯」があり、是非お試しあれ
さらに「薬草霧吹きサウナ」と「露天風呂」もあるので、温泉好きにはたまらない
日帰り温泉浴場とは別に「内の湯」があり、こちらはメラニン制御効果の認められる、2号泉が楽しめる

先客がお帰りになったので、パシャリ
一回りしたところで、松籟館での夕食、和食コース
分厚い那須野ヶ原牛のしゃぶしゃぶ
分厚い那須野ヶ原牛のしゃぶしゃぶと、馬頭温泉そばの白相(しらそう)酒造の「御用邸 大吟醸」

甘みもコクもあり、冷酒が美味い

2022/12/07

朝食は清涼館で和定食に、梅ヒジキ粥を選択
イワシのつみれ鍋
中庭に面して、足湯が湯気をあげます

浴室脇の温泉神社
一泊二日で3度の入浴
お湯は最高なので、日帰りでも陣屋の大広間で昼食をはさみ、2度風呂もありかも
昨日は雨模様でしたが、今日は陽が差し込みます
前回スルーした、「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」へ
野菜の産直所に車を停め、長閑な田園風景を進みます
遊行とは、時宗19代尊酷(そんこく)上人のことで、柳の精の老翁を念仏で成仏させたという場所






遊行柳から、上の宮と呼ばれる鏡山湯泉神社へ
銀杏の大木がそびえています
かみのみやのイチョウは、那須町の天然記念物
躍動感のある、立派な銀杏の木です

通称かみのみやと呼ばれる鏡山温泉神社


神社の裏は鏡山の断崖です

帰路の遊行柳
農産物のお店は、とにかく安い
駐車場から遊行柳と上の宮を望む
国道294号線を、福島との県境までゆくと、「境の明神」があります
下野国側に車を停めて、奥州街道をあるいて陸奥国境を越えます
陸奥国側の境の明神
社殿は、会津領主蒲生氏により造営され、白河藩主本多能登守により改修されたという記録があるが、火災による焼失のため、弘化元年(1844)に再建されたものだそう



和算の問題、かなり難しい!


玉津島明神(女神・衣通姫)を祀ります



国境の印
下野側の境の明神は、正式には玉津島神社(たまつしま)といい、少し地味です
女神は内(国を守る)・男神は外(外敵を防ぐ)という信仰に基づき祀られているため、陸奥・下野とも自らの側に「玉津島明神」を祀り、反対側に「住吉明神」を祀るとしているそうだ、ややっこしいな


奥州側から見れば住吉明神(男神・中筒男命)、関東側から見れば衣通姫命(そとおりひめ)が祀られていることになる
待てよ、どちらも相手側が男神という前提で、自分側に女神を祀っているのだから、どちらも衣通姫命を祀っているに違いない
この際、この大日如来は何を意図するのだろう

奥州街道を戻り、「與楽寺(よらく)」は、那須三十三観音第十番札所
地蔵菩薩が石段の前に

抜苦山(ばっくさん)補陀洛院(ふだらくいん)與楽寺
聖観音を祀る観音堂



不動明王
與楽寺の隣にある「鹿島神社」
與楽寺の墓地のすぐ隣です
神殿の額を収めています
これです
さらに南下し、芦野を過ぎ伊王野に差し掛かると「霞ヶ城跡」の表示
昼食前にひと歩きと、山城を登り始める
高原山
塩原山系
那須山系が一望できる
と、ここまで来て、これは前回訪問した場所だと気づく
伊王野城は、別名霞ヶ城だったのだ
標識用語の共通化を望む


伊王野の道の駅の「水車館」で、旅行支援クーポンでの昼蕎麦
蕎麦の腰や味は良いのだが、つゆが濃すぎる
天ぷらもカラッと揚がっていないのは、油がくたびれたのか、温度が低いのか
国道4号線に戻り、那須33観音第14札所「慶乗院(けいじょういん)」

室町時代の1394年(応永元年)に創建された高野山真言宗に属する寺院です。本尊は不動明王です。この本尊の脇に安置されている石仏に刻まれた文字から、1813年(文化10年)か、これ以前に寺が焼失したことが分かっています。本堂はその後1853年(嘉永6年)に再建され、今の本堂は1965年(昭和40年)に改築されたものです

聖観音を祀る観音堂
お顔が見れました

那須塩原山系が望める、小さなお寺です




駐車場の上では鳶が二羽、獲物を探していました

慶乗院の南にある「那須乃木神社」
真っすぐに伸びる参道は、桜並木になっています




軍人さんを夫婦ともども神格化してしまうことに、理解を示せません
とはいえ、境内の杜を散歩させていただきます



日本遺産STORY #058 明治貴族が描いた未来の乃木希典那須野旧宅

夫人の名を取った静沼


JR西那須野駅からほど近い線路沿いの、那須三十三観音第15番札所「宗源寺」は、ボケ封じ観音でもある




ボケ封じ観音「聖観世音菩薩」





那須三十三観音第16番札所「雲照寺」は、境内のヤマユリで「東国花の寺百ヶ寺栃木第7番」にも指定されています
山門越しに見える参道は、見事です



雲照寺の大松

こちらが准胝(準提)観音




杜の中に石仏がたくさんあります





鳥居くぐりができる神社
境内社和光稲荷大明神
芦野温泉に絡めて、蕎麦、観音様巡りなど、栃木県の北東部をほぼ網羅した小旅行となりました

12/02/2022

2022/12月の散歩(氏家)

2022/12/02
WCサッカー、日本vsスペイン戦で、ブラボーな早起きをした
お昼は高根沢町のそば処「福福福」
もりそばとかき揚げ
新蕎麦は腰もあり美味しいのですが、つゆが濃すぎて、蕎麦湯で2倍に薄めていただきました
今日は氏家下町歩きです
先ずは「光明寺(こうみょうじ)」に駐車しました
氏家氏に代わり、鬼怒川沿いの勝山城を治めた氏家芳賀氏の菩提寺
奥州道中分間延絵図(おうしゅうぶんげんのぶえず)にも描かれている、身の丈3mの青銅造不動明王坐像(せいどうぞうふどうみょうおうざぞう)は、県指定文化財
宝暦9(1759)年、宇都宮藩の御用鋳物師(ごよういもじ)で名工、戸室卯兵衛(とむろうへい)が鋳造した傑作です。奥州街道を1800分の1で描いた絵巻物『奥州道中分間延絵図』にも、丈六仏と言われる大きな仏像が描かれたそうです
青銅座像不動明王は、別名「感満不動尊(かんまんふどうそん)」と呼ばれ、北関東三十六不動尊霊場第22番札所だ
この大きな不動明王を作る鋳造型が、勝山城脇のさくら市ミュージアムに展示してあった
応永34年(1427年)勝山城主芳賀氏の菩提所として、美女木の地に「荒木山普門院光明寺」として創立された
戦乱の中で何度も焼き討ちに遭っている。当時激戦地に寺があり、敵将が馬を捨て、光明寺の境内で自害したことから、山号を「馬捨山(ばしゃざん)」と改めた時期もあった。
慶長2年(1597年)現在地に移転して、山号を「冷水山」と改めた。
その後も度々火災に遭遇し、現在の本堂は昭和50年に再建され、山号も現在の「霊水山」に改められた

不動堂
光明寺を後に、市街地を散歩
二季咲き桜が見事です
櫻野八幡宮
本殿は間口6尺(180センチメートル)奥行10尺(300センチメートル)総欅白木造りで、鳳凰や当時は珍しい大象そして鯉が滝を登り、竜となる登竜門を三方に彫り廻らした彫刻などで飾られています。
江戸後期の寺社建築として優れている他に、文政元年(1818)に宇都宮の高田仲衛門等宮大工によって着手されたことや、儀式、祝宴、群衆などを描いた絵馬「本殿上棟式図」に見る文政五(1822)年の上棟式、文政九(1826)年に行われた遷宮式典の様子など、年代、作者、諸記録が明確なことも重要です。
本殿の他に多くの奉納絵馬がありますが、そのうち上記絵馬の他に、「大相撲図」、小宅文藻筆「鶏図」、菊池愛山筆「暖燗紅葉図」の4図が町指定文化財になっています。

主祭神は、譽田別命(ほむたわけ)、応神天皇
境内社の雷神社
天照皇大神宮

二の鳥居から拝殿への参道

一の鳥居はのはるか先に、二の鳥居が見える
旧奥州街道沿いに堂々たる姿で建つ瀧澤家長屋門


西側の塀沿いに建つ蔵座敷は、洋風望楼(ぼうろう)が特徴で、氏家地区の象徴的な建物
車を停めるなら、瀧澤家住宅前の無料駐車場が良さそう
小雨も降り出したので、今日はここまで