2025/4/21 (Mon)
群馬県前橋市富士見町皆沢の、アカヤシオの丘 五葉ツツジだ盛りは過ぎてしまったようだが、ぎりぎりアカヤシオに会えた
The スミレ(菫)
ツボスミレ(ニョイスミレ)
ヤマザクラも残っている
セリバヒエンソウ(芹葉飛燕草)
シロバナタンポポ
ゼンマイ(薇)
雄蕊が5本ならサツキ、5本以上ならツツジで、アカヤシオとトウゴクミツバツツジは10本
トウゴクの付かないミツバツツジの雄しべは5本なので、雄蕊の数ではサツキとの区別がつかない
アカヤシオは、日光や赤城山に分布するため、別名アカギツツジという
アカギツツジと ヤマザクラ
マムシグサ(蝮草)もニョキニョキ
シャクナゲ(石楠花)も盛りだ ツバキとサザンカも、よく似ている
赤城山系の南西の鍋割(なべわり)山
赤城山の外輪山である鍋割山の標高は、1,332mだが、山頂からの眺めは良さそう
おそらく個人所有地の公園で時間を合わせ、お昼ご飯へ
蕎麦通に評判の高い、群馬県前橋市富士見町赤城山の、桑風庵 本店
記名帳は無く、並んで待たなければいけないようで、開店時には先客が8名ほど
五合蕎麦で二人前と言うが、我々にはかなりの量だ
周りの席の熟年カップルたちを見渡すと、蕎麦七号に天ぷら一つづつ注文して、あっという間に空にしている。群馬人恐るべし
噛み応えのあるしっかりとした蕎麦ながら、表面はなめらかでのど越しも良い
鰹出汁の効いたツユがまた、この蕎麦によく合う
季節限定の山菜天ぷらは無かったので、やはり評判の野菜天ぷら
サツマイモ、ピーマン、ナス、カボチャの天ぷらは、揚げたてでサクサクだが、野菜自体が普通なのか、特に加点は無し
ようやく本日の目的地「赤城自然園」
入園料が一人千円だが、SAISONカードメンバーは、本人のみ半額になる
ただしスマホのアプリ提示ではなく、プラスチックカードが必要って、なんだそれ?
登山ではないので、久しぶりにEOS XTiを持ち出したのだが、Focusが甘い、古めかしい感じの暗さがあり、かなりがっかり
こりゃ、買い替え時期なのだろう
オオカメノキ
ヤマブキソウ(山吹草)
先日日光で見た、ハルトラノオ(春虎の尾) イカリソウの種間交雑種と思われる
アズマイチゲ(東一華)
ユキノシタ科の多年草のティアレアという、園芸種
サワフタギ(沢蓋木)
シャクナゲ(石楠花)
キバナカタクリ(黄花片栗)
榛名山
ムスカリ
園内にある十二山神神社
ハンカチノキ
カバノキ科だと思うが、白い球のようなものは何?
クサボケ(草木瓜) 初めて見る花だが、アルカロイド類のトロパンアルカロイドを主な毒成分とする有毒植物で、全草に毒があり、根茎と根は特に毒性が強い
早春に生える新芽がフキノトウに似ており、誤食による食中毒の危険がある 毒成分は副交感神経を麻痺させるため、誤食すると幻覚症状を起こして錯乱状態になり、嘔吐、下痢、血便、瞳孔散大、めまい、異常興奮などで、それが数日間続いて走り回って苦しみ(名前の由来)、多食すると呼吸困難から死に至る場合がある
シラネアオイ(白根葵)
エイザンスミレ(叡山菫)
ラショウモンカズラ(羅生門葛)
ユキザサ(雪笹)の蕾 オオバナノエンレイソウ(大花延齢草)
セリバオウレン(芹葉黄連)の花後
マムシグサの芽
ヤブレガサ(破傘)の芽
フッキソウ(富貴草)だろうか?
オキナグサ(翁草)
キランソウ(金瘡小草) エイザンスミレ(叡山菫)
アズマイチゲ(東一華) ニリンソウ(二輪草)
カタクリ
アズマイチゲとニリンソウ
イカリソウ
ヒトリシズカ(一人静)
クマガイソウ
ミヤマキンポウゲ(深山金鳳花)
赤城自然園を出て、群馬県前橋市二之宮町の二宮赤城(にのみやあかぎ)神社
式内社(名神大社)論社、上野国二宮論社で、旧社格は郷社
延喜式神名帳には、名神大社として「上野国勢多郡 赤城神社」の記載があり、その論社とされているが、論社には赤城山麓に鎮座する当社のほか、山腹の三夜沢赤城神社、山頂の大洞赤城神社があり、議論がなされてきたが、決着はついていない
名神大社をめぐる争いはあるが、昨年7月に訪れた三夜沢と二宮との関係は深く、年2回両社間での神輿の渡御がある
随神門
社伝によれば、垂仁天皇、あるいは景行天皇の御代の創建とされる
赤城神社に関する文献の初見は「続日本後期」承和6年(839)平安後期より行われるようになった「一宮二宮」の格付けで、上野国の二宮となり現在に至っている
これについては伝説があり、「赤城の神が絹機を織るのに『くだ』が不足し、外国から来て機織りが上手な貫前の神に借りて織りあげた。このようなすばらしい技術をもった神が他国へ移っては困ると、赤城神社は一宮の地位を貫前神社に譲って二宮になった」と言われている
第七十代後冷泉天皇の永承四年(1049)には、日本全国の諸社中から55社が選ばれ神仏習合の勅願神社となり、社域内に造塔の折、心礎(根巻石)内に仏舎利(釋迦尊の骨片)が奉納されている
鎌倉時代には征夷大将軍源頼朝の崇敬を受け、建久5年(1194)二宮赤城神社などの修築を奉行し、百石を寄進したと云う
右「舞台」、左「神楽殿」
旧「社務所」兼「祈祷所」
北東方には4基の前方後円墳からなる大室古墳群が残っており、赤城神と関係の深い上毛野氏の中心地と推測される
祭神は、大己貴命、多紀理比売命、多岐津比売命、市岐島毘売命、天忍穂耳命、天之笠早命 熊野久須毘命、活津日子根命、天津日子根命、和久産巣日命、大物主命、建御名方命
配祀神は、級津姫命、須佐之男命、建御賀豆智命、大地主命、誉田別命、菅原道真公、彦狭島命、少彦名命、天津日大御神、級津彦命、大山祇命、磐筒男命、磐筒女命、日本武命と大所帯である
流造に屋根が追加された、独特な本殿
本殿の後ろ側には、多くの石碑と祠が並んでいる
宝塔(市指定重要文化財)は、南北朝時代とされ、同種の宝塔は赤城山麓に広く分布し、「赤城塔」とも呼ばれる






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