2021/12/22
紅葉シーズンも七五三も終わり、年末年始までのわずかな人混みの無い時期を狙い、日光観光へ
飛び石ながら800連休を達成した冬至の日の朝「だいやの森旬菜館」からの日光山の景色は最高
上鉢石駐車場に車を停め、昼食後に世界遺産巡りを開始
表参道から下新道を登り、最初に目指したのは徳川三代将軍「家光公」の廟所(びょうしょ)=墓地である、
輪王寺 大猷院(たいゆういん)
拝観料550円を払い、最初の門、仁王門へ向かう
2体の金剛力士像が睨みをきかせます
仁王門の先には、さすがに豪華な御水舎(おみずや)
御影石の柱に立派な屋根が乗せられています
御水舎に流れる水は、龍の口から流れ出ています
その左手には日光で一番大きな二天門があります
108代天皇後水尾(ごみずのお)上皇の描かれた大猷院の額が見れます
大猷院とは、家光公の戒名である大猷院殿贈正一位大相国公から、いただいたものです
向かって左に緑の体の持国天、右に赤い体の増長天が守ります
二つ目の門の二天門をくぐると、背面には風神様と
雷神様がひかえます
右の石段を登ると、二天門の高さ11.6mが実感できます
石段上の踊り場から、石の灯篭が並んでいるのが眺められます
十万石未満の大名は、仁王門をくぐることが許されず、上から見下ろされていたようです
仁王門をくぐった上方に見えるのは、鼓楼と鐘楼です
左手には大きな太鼓を収めている鼓楼(ころう)
右手には釣鐘が納められている鐘楼(しょうろう)
そして正面に夜叉門(やしゃもん)
四体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、烏摩勒伽(うまろきゃ)、犍陀羅(けんだら)」が、安置されていることから夜叉門と呼ばれ、霊廟(れいびょう)を守っています
三つ目の門、夜叉門をくぐると、次は総金箔造りの唐門です
唐門手前の大きな灯篭は、紀州・水戸・尾張の徳川御三家からの献上品です
軒下に、丹頂鶴と白龍が彫られています
四つ目の唐門をくぐると、ようやく拝殿が現れます
拝殿内部は撮影禁止でした
輪王寺内では唯一の国宝が、この拝殿・相の間・本殿の権現造り(ごんげんづくり)で、別名金閣殿と呼ばれている
家康公を祀るために東照宮を作った家光公は、遺言で「東照宮より控えめに」祀るよう残したそうだが、金箔がふんだんに使われ、東照宮より天空に近い高い場所に祀られている
そして家光公の墓地のある奥の院の入り口、皇嘉門(こうかもん)
明朝様式の竜宮造りで、別名【竜宮門】と呼ばれている
本殿をぐるりと囲む玉垣(たまがき)には、無数の鳩が描かれています
門を一つ一つ戻ります
冬至にしては暖かく、穏やかな日光で救われました
仁王門横の宝庫
輪王寺大猷院を出て向かいに、
日光二荒山(ふたらさん)神社がある
日光の男体山・女峰山・太郎山を御神体として祀る神社で、宇都宮の二荒山(ふたあらやま)神社とは、直接の関係は無いそうだ
神門から見える本殿
元和5年(1619)に徳川秀忠二代将軍が寄進した本殿は、日光山内に現存する最古の建物だという
拝観料300円を収め、神苑に入る
大己貴命(おおなむち)・田心姫命(たごりひめ)・味耜高彦根命(あじすきたかひこね)を祀る本殿は、400年経った今でも見事な造りである
男体山山頂の奥宮から、大谷川にかかる神橋まで、広く一帯を治める神社ながら、HPからも見て取れるように、かなり緩い運営方針のようである
霊泉は、若返り、酒造り、知恵がつく、眼に効くなどの効用があるという
本殿を眺望できる
拝殿を後に、上新道を東照宮に向かって降りてゆく
銅鳥居
東照宮へ降りてきたが、冬至の昼は短いので、今日はここで引き上げることにする
東照宮一の鳥居下に、御仮殿(おかりでん)公開中とあったので、寄ってみた
東照宮に祀る神様を、本殿修造などの際に一時的に下遷宮する場所で、文久3年(1863)まで使用されていたそうだ
昼食後から、結構歩いた
夕日に染まる日光連山が美しかったので、大谷川の河川敷に駐車した
すると背後で蒸気機関車の汽笛が聞こえた