鹿沼市磯町の磯山神社へ、あじさい狩りに
あじさい祭は昨日で終わったようで、すでに伐採が始まっていたハグロトンボがいっぱいいる
鮮やかな青色は、酸性土壌で出やすく、アルカリ性ではピンク色になるらしい
2023/7/05
石橋駅そばの「御蕎麦 はし本」で、人気のゴボウ天冷やしそばを食べてみた
ゴボウは太くて揚げ具合も良く、美味しいのだが、何せそばつゆが濃すぎて、しかも蕎麦がつゆに浸かっているので、ちょい付けができない
蕎麦湯が来るのを待ちわびて、蕎麦湯で割ると、美味しい蕎麦だった
栃木市藤岡町の大前神社江戸末期の『下野掌覧』に「大嵜村」と表記されているので「大前」の読みは「おおさき」だったが、明治9年(1876)以降,「おおまえ」と呼ばれているらしい
延喜式神名帳都賀郡の項に「都賀郡三座並小 大神(オホムワノ)社 大前(オホサキノ)神社 村檜(ムラヒノ)神社」とあり、延喜5年(905)~延長5年(927)編纂の延喜式作成以前に創建されていたことになる
明治12年(1879)に、400mほど北より移転してきた
境内は掃き清められており、管理されているようだが、人気は無い
拝殿は大きくない
神楽殿であろう(説明碑は見当たらない)
本殿は石垣の上で、覆屋に覆われ、姿を見れない
神社の南400m程の、県道11号栃木藤岡線からの入り口に、一の鳥居があった
小山市迫間田(はざまだ)の古御門(こみかど)神社
957年の設立という
趣のある日吉造(ひえづくり)の本殿で、拝殿は無い
剣を持つ不動明王だろうか?
小山市寒川(さむかわ)の胸形(むなかた)神社
ここも創建は不明だが、延喜式内小社
福岡の牟奈加多神社(宗像大社)に勧請(かんじょう。本社の祭神の神霊を他の神社に移して鎮祭すること)し、宗像三女神の田心姫命(たごりひめ)、市杵嶋姫命(いちきしまひめ)、多岐津比賣命(たぎつひめ)を祀る
延喜式神名帳都賀郡の項に「都賀郡三座並小 大神(オホムワノ)社 大前(オホサキノ)神社 村檜(ムラヒノ)神社」とあり、延喜5年(905)~延長5年(927)編纂の延喜式作成以前に創建されていたことになる
明治12年(1879)に、400mほど北より移転してきた
境内は掃き清められており、管理されているようだが、人気は無い
拝殿は大きくない
神楽殿であろう(説明碑は見当たらない)
本殿は石垣の上で、覆屋に覆われ、姿を見れない
神社の南400m程の、県道11号栃木藤岡線からの入り口に、一の鳥居があった
小山市迫間田(はざまだ)の古御門(こみかど)神社
957年の設立という
趣のある日吉造(ひえづくり)の本殿で、拝殿は無い
剣を持つ不動明王だろうか?
小山市寒川(さむかわ)の胸形(むなかた)神社
ここも創建は不明だが、延喜式内小社
福岡の牟奈加多神社(宗像大社)に勧請(かんじょう。本社の祭神の神霊を他の神社に移して鎮祭すること)し、宗像三女神の田心姫命(たごりひめ)、市杵嶋姫命(いちきしまひめ)、多岐津比賣命(たぎつひめ)を祀る
大正12年(1922)に拝殿が焼失するが、翌年に再建される。
すぐ後ろに見えるのは、巴波川の堤防
ジャノヒゲが満開
昭和16年(1941)7月の洪水で決壊した歴史を風化させず、二度と悲惨な事故がこらないよう、巴波川決壊口祈念公園が作られているが、年間利用者は一桁と見た
ジャノヒゲが満開
昭和16年(1941)7月の洪水で決壊した歴史を風化させず、二度と悲惨な事故がこらないよう、巴波川決壊口祈念公園が作られているが、年間利用者は一桁と見た
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