明治コミュニケーションセンター主催の、ウォーキングイベントに参加
大山から多功の畑道を歩き、最初は上三川町多功の真言宗智山派 雲光山 蓮華院 西念寺上三川七福神の寿老人がいらっしゃる
住職のご厚意で、御開帳いただいた
コブシかモクレンの蕾
立派な白フジ棚
続いて、天神町の多功廃寺址にある、一國一社威徳天神(天満宮)
筑紫の太宰府天満宮より、祭神(菅原道真公)が愛で給う「八英の梅」の実をいただいてこの地に蒔いたという
寛弘4年(1007)諸國を廻りつつ下野國に来た、山城國葛野郡北野辺の祖光という僧が、官許を得て、北野天満宮より御神霊を請い、神殿・回廊・鼓楼等を斎き奉り一國一社天神の碑を建てたという
天正13年(1585)北条氏直が宇都宮を攻めた時、多功石見守藤原宗朝も攻め滅ぼされ、兵火に遭って焼失した
慶長9年(1604)徳川家康は伊那忠次をして高三石の黒印を献らせ、寛永2年(1625)再興、慶安2年(1649)徳川家光が日光宮詣の途次、旧跡の退廃を嘆いて木川田の地を寄せ朱印を改めて社領とした
神楽の奉納は、今では行われなくなったという
八世紀奈良時代の「多功廃寺址の礎石」2個があるが、説明板がやや離れた場所にある
境内社祭神は、大杉大神、雷電大神、足尾大神、稲荷大神、松尾大神、薬師大神、猿田彦大神、八坂大神、浅間大神、東照大神
多功へ戻り、バラ農園を見せていただく
獣道の途中に祠があったが、個人所有物のようだ
大山の天台宗 華厳山 禅山院 浄光寺
鎌倉幕府後半の作と考えられる薬師如来立像は、町の文化財
コブシかモクレンの蕾
立派な白フジ棚
続いて、天神町の多功廃寺址にある、一國一社威徳天神(天満宮)
筑紫の太宰府天満宮より、祭神(菅原道真公)が愛で給う「八英の梅」の実をいただいてこの地に蒔いたという
寛弘4年(1007)諸國を廻りつつ下野國に来た、山城國葛野郡北野辺の祖光という僧が、官許を得て、北野天満宮より御神霊を請い、神殿・回廊・鼓楼等を斎き奉り一國一社天神の碑を建てたという
天正13年(1585)北条氏直が宇都宮を攻めた時、多功石見守藤原宗朝も攻め滅ぼされ、兵火に遭って焼失した
慶長9年(1604)徳川家康は伊那忠次をして高三石の黒印を献らせ、寛永2年(1625)再興、慶安2年(1649)徳川家光が日光宮詣の途次、旧跡の退廃を嘆いて木川田の地を寄せ朱印を改めて社領とした
神楽の奉納は、今では行われなくなったという
八世紀奈良時代の「多功廃寺址の礎石」2個があるが、説明板がやや離れた場所にある
境内社祭神は、大杉大神、雷電大神、足尾大神、稲荷大神、松尾大神、薬師大神、猿田彦大神、八坂大神、浅間大神、東照大神
多功へ戻り、バラ農園を見せていただく
獣道の途中に祠があったが、個人所有物のようだ
大山の天台宗 華厳山 禅山院 浄光寺
鎌倉幕府後半の作と考えられる薬師如来立像は、町の文化財
上三川Walking Mapが、石橋駅近くまで伸びました
お土産付きでした
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