3/22/2026

鹿児島旅行(知覧~南九州~指宿)

2026/3/22 (Sun)

昨夜は鹿児島焼酎をたらふくいただき、桜島に起こされる
最上階展望温泉からの桜島は、朝日を浴びて雄大な姿
成分分析表を探し忘れたが、泉質は塩化物泉
早々にCheck-outし、朝食をJoyfullで済ませる
鹿児島に来てよく見かけると思ったら、大分県に本社があるファミレスチェーンで、鹿児島県には58店舗あり、大分、佐賀、宮崎に次いで4位だという
今回のレンタカーは、どこに停めてもよく目立つ、真っ黄色のToyota PASSOで、ダイハツ製ブーンの双子車
「薩摩の小京都」と呼ばれる、南九州市知覧(ちらん)町の知覧武家屋敷を散策
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、地区内の7つの庭園が「優れた意匠で構成され、その手法は琉球等の庭園と共通するものがあり、庭園文化の伝播を知る上でも貴重な存在である」として、国の名勝に指定されている
ヤマブキがいい色に咲いている
現在残る武家屋敷群は、島津家の分家である佐多氏が地頭として治めていた時代に、石垣で屋敷が区切られ、沖縄によく見られる石敢當(いしがんとう、魔よけの石碑)や、屋敷内が直接見えないように、目隠しと魔よけを兼ねている屏風岩(沖縄のヒンプン)があり、知覧の港が琉球貿易の拠点でもあり、琉球の影響を多く受けているという

高城庵
イヌマキと茶ノ木で施された生垣の通りは、日本遺産#082「薩摩の武士が生きた町」の構成文化財
知覧麓庭園も日本遺産で、国指定名勝でもある
ヒメスミレが石の隙間に

知覧型二ツ家民家も、日本遺産構成文化財
ハヤトミツバツツジ(隼人三葉躑躅、イワツツジ、Rhododendron dilatatum Miq. var. satsumense T.Yamaz.、ツツジ科ツツジ属の落葉低木)は、ミツバツツジの鹿児島県固有変種で、コバノミツバツツジよりも開花が早い

大河ドラマ「西郷どん」のロケ地にもなっていた
イヌマキの生垣は波状に、サツキの刈り込みは築山のように仕立ててあり、刈り込みの前には琉球庭園に見られる盆栽を乗せるための切石が置かれている


優美な姿の母ヶ岳

ニワウメ(庭梅、Prunus japonica、またはCerasus japonica、バラ科スモモ属の落葉低木)または、
ユスラウメ(梅桃、桜桃、山桜桃、Prunus tomentosa、バラ科サクラ属の落葉低木)


ハナモモ(花桃)
カワヅザクラ(河津桜)







亀甲城は、中世の知覧城の出城で、地形が巻貝の蜷に似て、らせん状になっていることから、「蜷尻城」とも呼ばれるが、今回は時間の都合で攻城せず
トサミズキ
葉に先立って穂状花序を多数垂らし、黄色の花を7~8個開く
花穂が長いのがトサミズキ、短いのがヒュウガミズキ

南九州市知覧町の豊玉姫神社も、日本遺産#082「薩摩の武士が生きた町」の構成文化財
「日向神話」によると、海の神であるオオワタツミ(豊玉彦)には二柱の娘がおり、姉のトヨタマヒメ(豊玉姫)は川辺を、妹のタマヨリビメ(玉依姫)は知覧を治めることとなり、衣の郡(頴娃郡(えいぐん)開聞のあたり)をご出発され、 途中、鬢水(つるみず)峠、御化粧水(おこそみず)、飯野で昼食を取り、宮入松で休憩し、白水を経て取違(とりちがい)にお泊りになった。
ここで玉依姫は、豊玉姫の治めるはずの川辺が水田に富むことを知り、急いで玄米のままの朝食をとり、足の速い馬で西方の川辺へ先発され、白米をお炊きになった豊玉姫は遅れてしまったので、やむなく玉依姫の治めるはずであった知覧へ足の遅い牛で向かい(これが取違の所以)、上郡の城山の下に居を定めて知覧を治められた。
ここで豊玉姫は城山、後の亀甲城の麓に居を定め、民生を撫育された後崩御遊ばしたので、郷民はそのご遺徳を慕って社殿を建立し、鎮守の神として崇敬したのがこの神社のはじまりといわれる。
豊玉姫神社は古書に「開聞中宮大明神」とあり、薩摩国一宮の枚聞神社の末社であったようだ
上記の日向神話は実に明快で、南方の海から鹿児島に渡ってきたオオワタツミ一行の動きが、事実なのではないかと思えてくる
天正年間(1573~1591)の火災に罹り消失し、慶長15年(1610)時の領主 島津忠充公が現在の地を寄進し、遷宮したと伝わり、現在の社殿は昭和14年に建立されたという
主祭神は当然 豊玉姫命(トヨタマヒメ、オオワタツミの娘で竜宮に住むとされ、初代神武天皇の父方の母)で、夫の彦火々出見命(ヒコホホデミ、初代神武天皇と同名だがホオリの子)、父の豊玉彦命(オオワタツミ)、食いしん坊の妹の玉依姫命(タマヨリビメ、初代神武天皇の母)を祀る
境内ではムサシアブミが群れを成していた
知覧平和公園は順子が散策し、昼食で合流




GRIGHTS COFFEE ROASTERYで昼食


澄水と温暖な気候が生む、全国No.1のお茶の産地、南九州市の知覧茶畑


ダイコン(大根、蔔、Raphanus sativus var. hortensis、アブラナ科ダイコン属の越年草)または
ハマダイコン(浜大根、ホソダイコン、ノダイコン、イソダイコン、Raphanus sativus var. hortensis f. raphanistroides、アブラナ科ダイコン属の越年草)と思われる
番所鼻自然公園に到着した時に、雨が降り出した
東シナ海に面する荒々しい岩礁地帯で、江戸時代には海を監視する「番所」があったという
地元では (ばんどころ)と呼ばれているらしい
薩摩富士と称される開聞岳も雲に隠れがち
10万年前の溶岩流が作った地形に、日本地図作成のために立ち寄った伊能忠敬が「けだし天下の絶景なり」と称賛した景勝の地らしいが、お天気が悔やまれる
明日の天気が許せば、開聞岳を目指す予定だ
タツノオトシゴがモチーフだという「吉鐘」
オオキバナカタバミ(大黄花片喰、大黄花酢漿草、キイロハナカタバミ、Oxalis pes-caprae、カタバミ科カタバミ属の多年草)
指宿市開聞十町の開聞岳北麓に鎮座する、枚聞(ひらきき)神社は、の延喜式内国幣小社および薩摩国一宮
主祭神は、大日孁貴命(アマテラス)とされているが、詳細は後述
宮司が自ら作り手を探し、壺屋焼やむちん屋の新垣光雄さんが製作した、シーサー風の狛犬は、2025年の3月から見守っているという

この大木は桜ではないのだが、枝の窪地から桜の木が育ってしまったようだ


元々は開聞岳を神体とする山岳信仰に根ざした神社であったと考えられ、和銅元年(708)の創建当初は開聞岳の南麓に鎮座していたといわれ、貞観16年(874)の開聞岳噴火により揖宿(いぶすき)神社に一時避難し、その後開聞岳北麓の現在の場所に遷座されたという
文治から慶長時代は、和田都美/和多都美(わだつみ)神社と称し和田都美神/和多都美神(オオワタツミ)を祀っていたと思われるが、後の「一宮記」では祭神を塩土老翁(シオツチオジ)猿田彦神(サルタヒコ)としている
明治以降は、国常立尊(クニノトコタチ)、大日孁貴(アマテラス)、猿田彦大神(サルタヒコ)の三座を祭神とし、この他にも豊玉姫(トヨタマビメ)、木花開耶媛(コノハナノサクヤビメ)、大宮姫(オオミヤノメ、アマテラスの侍女)、五男三女神(アマテラスとスサノオの誓約から生まれた、タキリビメ、イチキシマヒメ、タギツヒメ、アメノオシホミミ、アメノホヒ、アマツヒコネ、イクツヒコネ、クマノクスビ)など、当神社の祭神については古来より諸説あるようだ
かつては本殿に並び、八つの社殿が並び立っていたと記録、伝承が残る
うち六つの社殿の祭神は、海神豊玉彦命夫妻、彦火々出見命、豊玉姫命、玉依姫命、塩土老翁、および潮満珠、潮涸珠といった山幸彦と豊玉姫の神話に関わる神々
ちなみに、浦島太郎(山幸彦)の持ち帰った玉手箱が、宝物として奉納されているというが、神社側は天智天皇御巡幸時の木箱だと記録しているらしい
現在の社殿は慶長15年(1610)に島津義弘が寄進したものを、天明7年(1787)に島津重豪が改築した物だという
本殿の姿は、木々にさえぎられて、おぼろにしか見えないが、方3間の入母屋造妻入、屋根銅板葺、千木・鰹木を置き、正面に縋破風で1間の向拝を付ける、県の有形文化財
本殿の裏に「清所」と呼ばれる場所があり、知覧を治めた豊玉姫の御陵であるともいわれ、古事記にも書かれた日本最古の井戸ともいわれる「玉の井」があり、玉の井~仙田辺りを「ごへしご」という
この川べりで、彦火々出見命(ヒコホホデミ、初代神武天皇と同名だがホオリの子)と豊玉姫の恋愛が実を結び、結婚の御返事がされたことから「御返事川(ごへしご)」とも、 枚聞神社の御饌の水として瓶子にくまれたことから「御瓶子川(ごへしご)」とも、二つの由来が残る
また枚聞神社の西方にある伝承地で、彦火々出見命と豊玉姫命の結婚後の新居があったとされる谷を「婿入谷」という
どうもこの一帯は、山幸彦・海幸彦・浦島竜宮伝説と密接な関係がありそうだ
ところで山幸彦と海幸彦は、母のコノハナノサクヤビメが火中出産した兄弟だが、父のニニギと母の出会いも、薩摩半島西端 野間岬周辺の「笠沙の岬」とされており、日向の国は無視できない場所だ
しかし、出雲の山の神 大山祇の娘が、なぜこの周辺に現れニニギと出逢ったのか、それが謎だ
オオバナセンダングサ(大花の栴壇草、タチアワユキセンダングサ、Bidens pilosa var. radiata、キク科センダングサ属の1年草または2年草、多年草)
コガネノウゼン(黄金凌霄、イペ/イペー、キバナイペー、Tabebuia chrysotricha、ノウゼンカズラ科ハンドロアンサス(タベブイア)属の落葉性中高木)が、あちらこちらで花を付けている
今日の宿泊地、指宿への途中で道の駅 山川港へ
鹿児島県の印象は、西郷どんと桜島
宿では夕食無しを選択し、徒歩圏内の「ゆのはまバル」へ
親戚が漁師だというシェフによる、イタリアン風飲み屋
メニューにあった「月日貝」を店員に訪ねると、貝殻を見せてくれ、右殻を海底に向け黄白色、左殻を上に向け紅褐色となり、月と太陽に見立てたもので、味はホタテよりも濃いという
電子マネー対応店だが、「Payどん」とは鹿児島銀行がつくったキャッシュレス決済サービスだという
どこまでも「西郷どん」なのだ
飲み物は、おすすめだという、指宿酒造の利右衛門ブランドの芋焼酎を、樽で熟成してスモーキーな香りと焼酎のまろみが調和した奥深い味わいだという「麗月」
ホタテに見えるのが月日貝、道の駅のあった山川港のカツオの刺身
タイのカルパッチョ
イワシのパスタ
月日貝のバター醤油
ポテトサラダも美味しい
〆の鯛茶漬けは、肉厚タイがぼっこり
宿は民宿「千成荘」
源泉掛け流しの貸切風呂
泉質は、ナトリウムー塩化物泉で、
10.01高張性ーpH7.2中性ー泉温75.4℃高温泉で、メタけい酸やメタほう酸も含む



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