2026/3/23 (Mon)
鹿児島旅行3日目の朝食は、民宿「千成荘」で
長崎鼻(ながさきばな)へ向かう途中の開聞岳は、5合目まで雲がかかっているが、これから晴れてくれるでしょう一帯は霧島錦江湾国立公園に指定されている
岬の手前の土産物屋で車から降ろされ、飴でもジュースでも買ってくれれば駐車料はただというシステム
乙姫様(豊玉姫)を祀った龍宮神社が、岬の手前にある(指宿市山川岡児ヶ水)
わかりやすい家系図だ
山幸彦と海幸彦の、いわゆる「浦島伝説」について、ざっくり説明すると、
兄のホデリ(海幸彦)と弟のホオリ(山幸彦)が、互いの「幸(猟具)」を交換したが、山幸彦は海幸彦の幸である釣り針を魚に取られてしまう
そこへシオツチオジ(塩椎/塩土老翁/鹽土老翁/塩筒老翁)が現れ、亀ではなく小舟に乗り、綿津見神宮(わたつみのかみのみや)へ行くよう指示される
そこが竜宮城であったと思われる
山幸彦は竜宮城で豊玉姫に出会い結婚し、3年後に和邇(ワニ)に乗って竜宮城から帰ってくる
昨日訪れた「枚聞(ひらきき)神社」の伝承では、当初オオワタツミを祀る和田都美/和多都美神社だったとすると、そこが竜宮城ではないのか?
さらに山幸彦の求愛を豊玉姫が受け入れるのは、枚聞神社本殿裏の御返事川(ごへしご)ではなかったか?
ロマンの多い方が好きなら「浦島伝説」、現実性を重視するなら「枚聞神社」社伝といったところか
「浦島伝説」に戻るが、豊玉姫は出産のため、浜辺に産屋を作り「絶対に産屋の中を見ないように」と言ったが、山幸彦が覗くと、豊玉姫は龍の姿だった
姿を見られた豊玉姫は、生まれたばかりのウガヤフキアエズ(鸕鶿草葺不合/天津日高日子波限建鵜葺草葺不合/彦波鶿草葺不合)を残して竜宮城へ帰ってしまう
豊玉姫の妹の玉依姫は、鸕鶿草葺不合の養育母として、送られてきたが、やがて姉の息子と結婚し、初代神武天皇を生んだという
「豊玉姫神社」社伝では、玉依姫は食いしん坊で、イネの取れる川辺を治めていたはずだ
姉は龍だったのだから、妹もワニぐらいではあっただろう
ひょっとして、山幸彦を竜宮城から送り届けた和邇は、玉依姫か?
さてここでは、絵馬の代わりに絵貝があり、貝殻に願いごとを書いて奉納するのだが、ここでも月日貝が使われていた
昭和31年(1956)の台風により社殿が崩壊し、2012年に建て替えられたという
祭神は豊玉姫命(トヨタマビメ)ということ以外、詳しい由緒は不明
薩摩半島の最南端、浦島太郎(山幸彦)が竜宮へ旅立った岬と言い伝えられ「竜宮鼻」の別名を持つ
この先に竜宮城があるならば、奄美から沖縄にかけてのエリアだろう浦島太郎の像を2周まわり、亀をなでると願いが叶うというのは、イザナギ・イザナミの出会いになぞったものか
屋久島、竹島、硫黄島を望むことができる
日本ロマンチスト協会が展開する「恋する灯台プロジェクト」において、鹿児島県内初の「恋する灯台」に認定された薩摩長崎鼻灯台
対岸は鹿児島県の東側、大隅半島
7合目ぐらいまで見えてきただろうか
ムラサキケマンより花がまばらで小型な
カラクサケマン(唐草毛鬘、Fumaria officinalis は、ケシ科カラクサケマン属の1年草または2年草)は、鹿児島県にも分布を広げているようだ
カラクサケマン(唐草毛鬘、Fumaria officinalis は、ケシ科カラクサケマン属の1年草または2年草)は、鹿児島県にも分布を広げているようだ
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