2026/3/24 (Tue)
霧島での宿は、鹿児島県霧島市隼人町嘉例川の天降川岸にある「やまのゆ 川音」
朝6:30からの朝食は、早めの活動開始ができて助かる
目的地への途中、桜島がぼんやりと見える
3月3回目の山歩きも、日本百名山第98座 霧島山(霧島連山、霧島連峰、霧島山地、霧島火山群)の霊峰 高千穂峰を目指す
東西南北から4つのアクセスルートがあるが、唯一鹿児島県を起点とする、高千穂河原を選択
すでに標高973mあるビジターセンター駐車場脇の男子トイレは、女子トイレの行列への抗議なのか、小用すべてが使用できない
駐車場前の大鳥居を抜け、真っすぐに進む
大階段の上に、二の鳥居が見え、その背後にはご神体であろう高千穂峰
石段を登るとそこは、
古宮址(こぐうし)の神籬(ひもろぎ)斎場
欽明天皇(540-571)の御代、慶胤(けいいん)上人という僧に命じて、高千穂峰と火常峰(御鉢の旧名)の間の「脊門丘(せとお)」に霧島神社(当時は神宮ではなかったと想定した)が建立された
しかし延暦7年(788)火常峰(御鉢)の噴火のため焼失し、村上天皇の天暦年間(947-957)天台宗の僧である性空(しょうくう)上人が御鉢の西麓の「高千穂河原瀬多尾越(せとおごし)」に再興奉遷した場所が、ここだ
しかしここも文暦元年(1234)の火常峰(御鉢)大噴火により神殿、僧坊等がことごとく災禍に遭い、霧島神社は霧島市霧島田口の待世(まっせ)神社のあった地(霧島中学校北側)に仮宮として250年間奉斎された
古宮址から二の鳥居越しに見えるのは、中岳(1353m)
2025年6月に、7年ぶりに噴火が確認された新燃岳(しんもえだけ、標高1,421m)は、中岳に隠れて、噴煙も見えない
古宮址から石畳の登山道を進む
霧島錦江湾国立公園(きりしまきんこうわん)とは、1934年に日本で最初の国立公園として、瀬戸内海国立公園、雲仙国立公園(現雲仙天草国立公園)と共に、霧島国立公園として指定された
5月下旬~6月初旬には、ミヤマキリシマが咲き誇るという
斜度が一段階きつくなった
2011年の新燃岳噴火で、全面火山礫に被われたという急斜面
登山中、何度も火山性硫黄臭を感じながら、一歩づつ登る
古宮址から見上げた二つのピークの左側を登っているが、右のピークの方が少し高いようだ
中央に見える駐車場から、一直線に登ってきた
ヘルメットを着用している登山者はいないが、上を行く人からの落石には注意が必要
火山礫を登り切り頂上到着と思いきや、噴火口の縁だった
御鉢(おはち)と呼ばれる火口は、直径500m、深さ200mある
御鉢は高千穂峰の寄生火山と位置づけられ、現在も活発な火山活動が続いているという
そして目指す高千穂峰は、さらに遠方に隠れていたのであった
右回りのRim道は通行止め
桜島の姿も、はっきりしてきた
Rimを左回りに、馬の背と呼ばれるヤセ尾根を登る
御鉢からの噴煙は見られなかったが、時折の硫黄臭はここから来ていたのだろう
中岳、新燃岳方面は、雲がかかりがち
高千穂峰の山頂は、見えたり隠れたりを繰り返している

ミヤマキリシマ(深山霧島、Rhododendron kiusianum、ツツジ科ツツジ属の半落葉広葉樹の低木)の新蕾
馬の背から御鉢に落ち込む斜面
御鉢と反対側の、崩壊斜面
馬の背からいったん鞍部へくだる
霧島神社元宮(もとみや)は、1500年前に、天津日高彦火瓊瓊杵尊(ニニギ)を祀った場所
そして見上げる先の、ニニギが天津国(天)から降り立ったといわれる霊峰まで、最後の急登
赤みを帯びた火山礫ではなく、火山岩の大き目の石ころが多く、足を置く場所に注意がいる
霧が出たり切れたりを繰り返している
あと一息
3月の3座目、今年の21座目は、鹿児島県ではなく宮崎県内にある、日本百名山第98座 霧島山を代表する、
高千穂峰(たかちほのみね、標高1,574m(今年の現時点最高標高)、日本二百名山第99座)
山頂には、
霧島東神社(きりしまひがし)の御神体(社宝)である、青銅製の天逆鉾(あめのさかほこ、あまのさかほこ)
アマテラスの孫であるニニギが、葦原中国(この世)の統治のため「日向の襲の高千穂の峯に天降ります」(天孫降臨)の地だ
ニニギ(邇邇芸命/瓊瓊杵尊)を、瓊(宝石)で飾られた杵(金剛杵)の神と解し、「杵(きね)」を武器に地上平定する天杵尊、別名杵独王とした修験道の解釈もある
この天逆鉾は、古代より存在していたもののようで、1866年に坂本龍馬が妻のお龍と高千穂峰を訪れた際、引き抜いたといわれる当時の天逆鉾は、その後の火山の噴火で折れてしまい、現在残っているものはレプリカだという
オリジナルの柄の部分は地中に残っており、刃の部分は回収され、島津家に献上され、近くの荒武神社(都城市吉之元町)に奉納されたが、その後も様々な人手を転々と渡り、現在は行方不明となっているという
ガイドブック等で見る「天逆鉾」の写真から、かなり大きなものだと思っていたが、実際はさほど長いものではなかった、というのが第一印象
ただし背面に顔が彫られているのを示すガイドブックは、無かったのではなかろうか
ニニギの顔なのだろうか?
ニニギが天降りしようとしたとき、高天原から葦原中国までを照らす光があった
そこでニニギの父方の祖アマテラスと、母方の祖タカミムスヒ(高御産巣日/高木/高皇産)はアメノウズメ(アマテラスを岩戸から誘い出す舞を踊った神)に、その光の元を調べさせた
その光の元は国津神のサルタヒコ(猿田毘古/猿田毘古之男/猿田彦/庚申、土木建築の神、シオツチオジ(塩土老翁/事勝國勝/岐/興玉/太田)と同体異名の神といわれる)で、ニニギらの先導をしようと迎えに来た
ニニギには、アメノコヤネ(天児屋)、フトダマ(布刀玉)、アメノウズメ(天宇受売)、イシコリドメ(伊斯許理度売)、タマノヤ(玉屋/玉祖)の「天の岩戸」騒動時の活躍メンバーが同行し、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)及び草薙剣(くさなぎのつるぎ、天叢雲剣、あまのむらくものつるぎ)のいわゆる「三種の神器」を授かり、筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降ったといふ
風が強く、霧が流されてくるので、昼食のため避難小屋を使わせていただく
下山時は一面の霧で、景色は全くなく、来た道を引き返す
脊門丘を過ぎ、馬の背に出るが、背景は霧ばかり
御鉢の中にも、霧が入り込んでいる
御鉢の西側は、霧も上空へ流れたようで、鹿児島方面がかすかに見える
ここから赤みのある火山礫下りが始まる
見た通りの急坂です
再び、ミヤマキリシマの新蕾
灌木帯までおりてきて、神宮の森散策路に入る
まばらに開花しているのは、ミヤマキリシマか、
ゲンカイツツジ(玄界躑躅、Rhododendron mucronulatum Turcz. var. ciliatum Nakai、ツツジ科ツツジ属の落葉低木)か?
ノカイドウ(野海棠、トリトマラズ、Malus spontanea、バラ科リンゴ属、世界で霧島山にのみ自生する固有種)の実だろうか?国の天然記念物で、ハナカイドウの近縁種だという
確かに鳥が止まりにくそうな枝の伸び方だ
ごつごつ岩場のUp/Downの後のCool downに丁度良かった
高千穂峰に降り立ったニニギは、その後コノハナノサクヤビメと結ばれる
ところが、コノハナノサクヤビメは霊峰富士山を守っている水神で、富士山の噴火を静めてくれる
鹿児島と静岡ではかなりの長距離恋愛だが、やはり神々は空を飛べるのだろうか
霧島山も火山の巣だが、コノハナノサクヤビメを祀る神社は、麓にあるのかな?
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